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日付 :2009年05月

兵庫医療問題研究会の声明(加古川市民病院事件に関するインターネット・ブログの言論について)


兵庫医療問題研究会は、2009年4月24日、神戸地方裁判所2007(平成19)年4月10日判決(加古川市民病院事件)に関するインターネットブログ上の言論について、同判決及び医療の安全につき公正な議論がなされることを求める声明を発表しました。

兵庫医療問題研究会 声明(概要)

2009(平成21)年4月24日
声明(概要)PDF版はこちら
第1 声明の趣旨

兵庫医療問題研究会は、2007(平成19)年4月10日、神戸地方裁判所においてなされた加古川市民病院における医療過誤事件に関する判決について、複数のインターネットブログ上で、匿名の人々(医師を名乗る人々も含まれる)が、判決においては認定されていない事実、さらには訴訟において医療側が主張したこともない事実を、あたかも真実であるかのように記載して、それを前提に妥当とはいえない判決批判が繰り返されていることに鑑み、そのような手法で医療の安全について偏った議論がなされていることを明らかにすると共に、上記医療過誤事件判決及び医療の安全について、公正な議論がなされることを求めます。


第2 声明の理由(概要)
  1. 当研究会の所属弁護士担当事件

    加古川市民病院事件判決(神戸地裁平成19年4月10日判決、確定)は、当研究会に相談依頼があり、所属弁護士2名が遺族から依頼を受けて裁判を担当したものです。

  2. 事案

    発症後短時間で受診した急性心筋梗塞の64歳男性患者について、休日昼間の当直医の転送義務違反が争われたケースで、2003(平成15)年3月30日(日曜日)に発生した事例です。
    急性心筋梗塞に対する治療設備を持たない加古川市民病院で、当直医が患者の心電図、自覚症状から急性心筋梗塞発症を診断しながら、血管拡張剤の点滴をしたのみで、70分間放置し、70分後に転送要請を行いました。
    転送要請から25分後受け入れ先病院から、受け入れ可能の連絡をもらい、その15分後、転送の救急隊が到着した時点で、患者の容態が急変、そのまま死亡しました。
    当直医が、転送要請までに時間を要した理由は、血液検査の結果が出なければ周囲の病院が転送を受け入れてくれない慣行があるから、とのことでしたが、裁判所による調査嘱託の結果、周囲の病院はこれを否定しました。

  3. 判決

    神戸地裁6民は、当直医の転送義務違反をみとめ、患者の死因は心筋梗塞に起因する心室細動であり、早期に転送を行っていれば救命可能性があったとして、遺族らの請求全額を認容しました。被告は控訴せず確定しました。 本判決の詳しい内容及び経過は、声明の1頁から6頁に記載したとおりです。

  4. インターネット上での匿名言論

    問題はその後です。
    この判決については、直後に新聞報道がなされましたが、その直後から複数のインターネットブログ(医師と称する匿名者が作成)でこの判決に対する批判が相次ぎました。
    問題なのは、それらのブログにおいて、判決に認定されておらず、当直医も証言していない「事実」を勝手に加え、それに基づき批判をしている事です。
    ブログでは、「当直医は、70分間の間に5つの周辺病院に転送要請を行ったが次々に断られた。そこでもう一度2回目の転送要請をかけたところ、1件目に受け入れを了承してもらった。転送準備をしているところで急変した。」と、判決も認定せず、当直医も証言していない「事実」を確たる内部情報として記載し、「医師として全力を尽くしているのに、これで転送義務違反と認められるなら、救急などやっていられない。」というような批判を繰り返しています。
    また、「医師の搬送が遅れたら、患者や弁護士はおいしいと考える。なんら医学的な論争をせず、結果責任で裁判に勝てるのだから。これは、法律のすき間を縫った合法的な錬金術です。」などと、患者や患者側弁護士への不当な批判もなされています。

  5. 当研究会の考え

    現在、救急医療体制が大きな問題を抱えていること、それに携わる医師、とくに病院勤務医師の負担が過重になっていることは、私たちも認識しています。
    しかし、その問題は医療過誤訴訟で救急医療に携わる医師の責任が認められたから生じたわけではなく、行政の問題、医療側の問題、患者側の問題等が複雑に絡みあうなかで生じていることを冷静に見ていくべきものです。
    必要なとき、安心して受診できる救急医療、医師がやりがいをもち、かつ誠実に診療にあたることのできる環境下での救急医療の実現は、いつなんどき救急医療を必要とするようになるかもしれない市民にとっての強い願いです。
    それは医療事故被害者や、私たち代理人弁護士も例外ではありません。
    むしろ、医療事故被害者は、自らが医療事故に遭遇したからこそ、自らの経験を礎にしてでも、安全でよりよい医療が実現されることを真摯に願っています。
    医療事故被害者の声を聞き、医療事故に学び、よりよい医療を目指す方法が制度化されるべきであり、既にそれを実践してきた医療機関も決して少なくありません。
    その意味で、本当によりよい医療のためや、安全な医療を求めていくためには、過誤事案を真摯に検証することこそ、重要なことだと考えます。 医療事故被害者や、私たち代理人弁護士も、医療はそもそも危険な面を伴うものであることは理解しています。結果が悪ければ何でも責任を問うものではありません。医療記録を分析するなどして、医療側に落ち度のあった疑いが拭えない場合や、合理的な説明を受けられない場合など、ほとんどの場合最後の手段として裁判に真実究明の場を求めているのです。
    インターネット上の判決批判について、当研究会も法律家の団体としてインターネットにおける自由闊達な言論は民主主義社会の健全な発展のためにも尊重する必要があると考えています。
    しかし、それはあくまで真実に基づいたものでなければならないと考えます。判決も認定せず担当医も証言していない事実を、具体的な裏付けや情報の入手経路も明らかにしないまま、あたかも真実と主張し、それに基づいて非難中傷と言われても仕方のない表現態様で匿名の言論を不特定多数に向かって発信することは、言論の自由の範囲を逸脱して患者・家族等の名誉や人格権を侵害する可能性さえあり、大切な言論の自由の自殺になりかねません。
    成熟した言論の自由とは何か、今少し冷静に考える必要があるのではないでしょうか。 当研究会は、本件判決に対する不当な批判は、決して医療体制をよくすることにつながるものではなく、むしろ医療側と患者側の対立を激化させ、医療の安全に向けての発展的な議論を阻害するおそれがあるものと考え、あえて本声明を公にするものです。

以上

声 明

2009(平成21)年4月24日
兵庫医療問題研究会

第1 声明の趣旨

兵庫医療問題研究会は、2007(平成19)年4月10日、神戸地方裁判所においてなされた加古川市民病院における医療過誤事件に関する判決について、複数のインターネットブログ上で、匿名の人々(医師を名乗る人々も含まれる)が、判決においては認定されていない事実、さらには訴訟において医療側が主張したこともない事実を、あたかも真実であるかのように記載して、それを前提に、妥当とはいえない判決批判が繰り返されていることに鑑み、そのような手法で医療の安全について偏った議論がなされていることを明らかにすると共に、上記医療過誤事件判決及び医療の安全について、公正な議論がなされることを求めます。


第2 声明の理由

  1. はじめに
  2. 兵庫医療問題研究会(以下「当研究会」という。)は、医療におけ る人権確立、医療制度の改善、診療レベルの向上、医療事故の再発の防止、医療被害者の救済等のため、医療過誤裁判を患者側で担当する弁護士の立場で、医療事故問題に関する情報交換や研究を行い、医療過誤裁判の困難な壁を克服することを目的として、兵庫県弁護士会所属弁護士により2000(平成12)年に組織された任意団体です。 当研究会は、2007(平成19)年4月10日、神戸地方裁判所 において判決が言い渡された加古川市民病院における医療過誤事件(以下「本件」といい、前記判決を「本件判決」という。)について、 遺族の方より相談を受け、弁護士2名にて訴訟の代理人を務めました。 当研究会の所属弁護士が担当した事案について、匿名の人々(医師 を名乗る人々も含まれる)による複数のインターネットブログ上において、妥当とはいえない判決批判が繰り返されて おり、医療の安全を 公正に議論する前提を欠く状況を引き起こしかねないことを憂慮し、司法に携わる弁護士の団体として、上記のとおり意見を表明します。

  3. 本件判決の要旨
  4. (1) 本件判決では、急性心筋梗塞患者について医師の転送義務違反の有無が争われました。本件判決の要旨は以下のとおりです。

    (2) 事実経緯について

    本件判決で認定された事実経緯は以下のとおりです。

    本件が発生したのは、2003(平成15)年3月30日(日曜日)のことです。

    11時30分頃、胸部圧迫感、顔色不良、冷や汗、嘔吐の症状が出たAさん(64歳男性)は、家族の運転する車で搬送され、12時15分ころ加古川市民病院(以下「K病院」)に到着しました。その後、当直医であるB医師の診察を受けました。 なお、当時K病院では、急性心筋梗塞に対する最適な治療法であるPCI(経皮的冠動脈再建術)を行う設備を有していませんでした。

    その後、12時30分ころまでに、B医師の指示によりAさんの心電図検査がなされました。

    B医師は、Aさんから胸部圧迫痛が持続していることを聞き、また心電図の所見から、12時39分までにAさんが心筋梗塞であると判断しました。

    B医師は、12時39分、血液検査の指示を出し、12時45分ころ、Aさんに対し静脈に生理食塩水の点滴を行い静脈路を確保し、13時03分からミリスロール(血管拡張剤)の点滴を開始しました。

    13時10分を過ぎた頃、B医師は、指示していた血液検査とは別に、簡易の血液検査であるトロポニン検査を自ら実施し、心筋梗塞陰性との結果を得ました。

    その後も、Aさんの胸部圧迫痛は持続していました。

    B医師は、13時40分に血液検査の結果、心筋梗塞を示すマーカー(トロポニンT、クレアチンホスキナーゼ、乳酸脱水素酵素、アルカリホスファターゼ)が陰性であることを確認しましたが、Aさんの心筋梗塞の症状が軽減しないことから、13時50分ころ、ようやくPCIが可能な他の医療機関へAさんを転送することにし、転送要請を行いました。

    専門病院は14時15分に転送受け入れを了承し、14時21分、被告病院は救急車の出動を要請しました。14時25分に救急隊が到着し、14時30分にAさんを救急隊のストレッチャーに移そうとしたとき、Aさんの容体が悪化して心停止に陥り、15時36分死亡が確認されました。

    なお、死亡までの間に、除細動器による電気的除細動は一度も行われませんでした。

    (3) 転送義務違反について

    裁判所は、B医師が、12時39分の時点で、Aさんが急性心筋梗塞であると判断したこと、急性心筋梗塞の最善の治療法はPCI等再灌流療法であることから、判決は、B医師ができるかぎり早期に再灌流療法を実施することができる近隣の専門病院にAさんを転送すべき注意義務を負っていたと認定しました。そして、調査嘱託(裁判所から関係機関に問い合わせをする訴訟上の手続)の結果、近隣の専門病院では、休日の転送受け入れが可能であり、受け入れの際には、心電図検査の結果以外に血液検査の結果を求めることはない運用であったから、B医師が転送要請することに障害はなかったと認定しました。

    それにも関わらず、B医師は、約70分後の、13時50分に初めて転送要請の電話をしたことから、B医師には転送義務違反があると認定しました。

    (4) Aさんの死因について

    判決は、原告被告双方から提出された医学文献及び、医師による私的鑑定意見書(原告側、被告側双方の医師とも心室細動の可能性が高いとの意見)などの証拠から、Aさんの死因を急性心筋梗塞の合併症として発症した致死的不整脈(心室細動)であると認定しました。

    (5) 結論

    判決は、B医師に転送義務を尽くさなかった過失があること、もし速やかに転送が行われていれば、Aさんを高い確率で救命できていたと推認できるとして、原告の損害賠償請求を認めました。

  5. 本件判決に至る経緯
  6. (1) 提訴に至る経緯

    Aさんのご遺族は、当初より訴訟を希望されたわけではありません。訴訟外での解決を希望され、2004(平成16)年9月17日付損害賠償請求書で、K病院を設置・運営している加古川市に対して損害賠償の請求をしました。

    これに対して2004(平成16)年10月19日、加古川市の代理人弁護士から、同市の責任はなく賠償には応じられない旨の回答がありました。 そのため、ご遺族(原告)は、やむなく2005(平成17)年5月2日、神戸地方裁判所に加古川市を被告として損害賠償請求の訴え(以下「本件訴訟」)を提起しました。

    (2) 裁判の経緯

    本件訴訟では、原告、被告ともに当初から代理人弁護士が就任し、十分な主張、立証が行われました。

    まず、Aさんの診療記録が被告K病院から、急性心筋梗塞等に関する医学文献が原告、被告双方から証拠書類として提出されました。

    また、原告、被告双方から、考えられる全ての主張を記載された書面が提出された後、K病院でAさんの診療にあたったB医師が証言しました。

    そのほか、医学的知見については、原告、被告双方から、第三者の立場にある医師の作成した私的鑑定意見書がそれぞれ提出されました。 さらに、本件訴訟では、他の医療機関への速やかな転送が可能だったかどうかが重要な問題となっていたため、裁判所から調査嘱託という手続で、K病院周辺でPCI実施が可能な2つの医療機関に、当時、休日に急性心筋梗塞患者の転送要請に応じなかった例があったか否か、急性心筋梗塞患者の転送受け入れの場合、何らかの検査結果を求めていたか等について照会が行われました。上記各医療機関からは、当時休日に急性心筋梗塞患者の受け入れ要請があった場合に応じなかった例がないこと、1病院については転送受け入れに際し、特に何らの検査結果を求めないこと、1病院については心電図上急性心筋梗塞が明らかであれば、血液検査の結果を求めることはないこと、の回答がなされました。

    そして、平成19年1月23日、審理が終了し、同年4月10日判決が言い渡されました。

    被告の加古川市は、この判決に控訴することなく、同判決は確定しました。

    (3) 被告の主張とそれに対する判決の認定

    転送義務違反について、被告加古川市は次のように主張しました。

    B医師は、12時39分ころに、Aさんが心筋梗塞であると判断してから、13時50分に他の医療機関に転送要請をするまで、一切転送要請を行わなかった。そして、その理由として、被告は、①血液検査の結果がなければ、他の医療機関は受け入れを了承してくれないので、血液検査の結果が出るのを待っていた、②臨床の現場では、急性心筋梗塞の疑いのある患者に対して全例において血液検査を実施している実情があるから、B医師が血液検査結果を添えて専門病院に転送要請するとすることは自然であり非難できない、というものでした。

    この被告の主張に対して、判決は、①血液検査では発症後かなりの時間が経ってからでなければマーカーが検出されないので、心筋梗塞発症急性期の血液検査は有用性が低いことは、専門病院もよく理解していること、本件でも、受入先病院は、Aさんの血液検査の結果が陰性であったにも関わらず、転送要請を了承していることからも、血液検査の実施が必須であったと考えることは困難であること、②急性心筋梗塞患者の治療のためにはできるだけ早期の再灌流療法の実施が必要であり、心筋梗塞急性期の血液検査の診断は意味がないことから、被告主張のような臨床現場の実情があったとしても、患者の救命を第一に考えなければならない立場にある医師の転送義務検討に当たっては、そのような実情を考慮することは相当ではない、として、被告の主張を退けました。

    (4) 本件判決に対する評価

    本件判決の内容は妥当なものです。それは、遺族の請求が認められたという結果からの評価ではありません。

    私たちが、本件判決を妥当だと評価するのは、次の①ないし④の理由によります

    [1] 原告だけでなく、被告からも原告の主張に対する反論を含め、十分な主張が行われています。

    [2] 医学的側面からの主張・立証についても、原告、被告双方から、医学文献が提出されるとともに、それぞれ別の第三者医師の私的鑑定意見書が提出されています。

    [3] 事実の認定にあたっても、K病院でAさんの診療にかかわり、事実関係にもっとも近い立場にあったB医師が証人として採用され、証人尋問が行われています。B医師は、他の医療機関にいつ、どのように受入れ要請の連絡をとったのかについても証言しており、本件判決は、転送要請に係る事実経緯については、B医師の証言内容そのままを事実として認定しています。

    [4] 当日、転送が可能だったかどうかについて、B医師が当日、「内科における約100名の入院患者と緊急外来患者の診療を担当しており、多忙であった」ことを認定した上、そのような状況下で転送要請を行うことができたかどうかを検討し、転送要請を行った場合、受け入れる(PCI実施可能の)医療機関があったかどうかについても、調査嘱託をするなどして慎重に検討しています。

    そもそも民事訴訟手続は、当事者双方が精一杯、自らの知ること、 信じることを主張したうえ、それを立証するため、可能な限りの手持ち証拠を出し合うなかでこそ、もっとも真実に接近することができるという経験則に基づいて運営されています。

    本件訴訟においても、原告、被告双方によって、そうした主張・立証活動が実践され、被告側の申請によって、経過を最もよく知るB医師の証人尋問が行われるなどして、真実に迫る努力がなされたのです。

    このように、十分な主張・立証活動を踏まえて認定された事実は、最も真実に近づいた事実だということができます。

  7. 判決に対するブログ上での批判
  8. ところが、本件判決に対して、新聞報道がなされた直後から、複数の匿名の人々から、インターネットのブログ上で、概要、以下のような批判が浴びせられています。その中には医師を名乗る匿名の人々も含まれています。

    「内部情報によると、当直医は、5つの近隣病院に次々に転送要請をしたが、断られ続け、最初に断られた病院にもう一度転送要請し、ようやく受け入れてもらった。その間に当直医は、家族に経過を説明していた。」

    「問題は、患者さんの搬送先を探すところまでが医師の責任であると、裁判所が一切の情状酌量を認めず全額支払いを命じたこと」

    「運悪く転送先が見つからなければ、その医師は有罪が確定する。」

    「こんなことで転送義務違反に問われるのであれば、救急医療を続けることはできない。」

    「医師の搬送が遅れたら、患者や弁護士はおいしいと考える。なんら医学的な論争をせず、結果責任で裁判に勝てるのだから。これは、法律のすき間を縫った合法的な錬金術です。」

    「本件判決は、医療現場の実情を理解していない。」

    「本件判決のせいで、リスクのある患者を受け入れる病院や医師は存続できなくなってしまう。」

    「家族は医師たちができることは一生懸命にすべてやってくれていたことがわかってもよさそうなのに。」

    「裁判官も、自分の判決でこれからの死人が続出することがわかったら、とんでもない判決は減る。」

    私たちも、事実に基づいた批判であれば、言論の自由に属する議論であるし、医療の安全のために、広く意見を交換することもまた有益であると考えます。

    しかし、批判の中で本件判決が認定した事実と異なる事実、それどころか被告が裁判で主張もしなかった事実を真実であるとして、それを前提とした批判をしているものがあります。

    私たちは、上記ブログ上での本件判決が認定した事実と異なる事実を前提とした批判は、次のような理由から不適切だと考えます。

  9. 私たちの考え方
  10. (1) 判決で認定された事実と異なる事実を前提として判決批判を行うのは、判決の正当な評価とは言えません。 特に、B医師が5つの医療機関に次々転送要請を行い断られ続けたという事実は、これがあるかないかで、医師の転送義務違反の有無についての判断は全く異なってくるはずです。本件判決では、このような事実はなかったと認定されています。 判決で認定されていない事実を前提として批判を行っているブログ上の記載の中には、本件判決の内容を実際に確認しないまま批判しているとしか考えられないものも少なくありません。 いうまでもなく、積極・消極いずれに評価するにせよ、本件判決の内容・結論を確認しないままでは、評価の名に値しません。ましてやそれを多数の人々が閲覧できるインターネット上に掲載することは不適切です。

    (2) ブログの中で、本件判決の内容を確認した上でも、なお、判決が認定した事実と異なる事実を、すなわちB医師が複数の医療機関に次々に転送要請を行い断られ続けたということを真実であるとして記載していると思われるものが見受けられます。

    しかし先ほど記載したとおり、本件訴訟では当事者双方の主張、立証が尽くされ、ことに被告側の申請によって、経過を最もよく知るB医師の証人尋問が行われた上で判決がなされているのです。

    こうした審理を経たにもかかわらず、B医師自身も一言も証言しておらず、全く出てこなかった事実、すなわちB医師が複数の医療機関に次々に転送要請を行い断られ続けたという事実をあたかも真実であるとしてそれを前提に本件判決を非難しても意味はありません。

    ブログ上で記載されているような事実が、もし真実であったのなら、B医師にとっても被告にとっても、有利な事実であることはまちがいありません。そうした有利な事実についての主張が裁判の審理の中で、被告の側から全く出てこないということはおよそ考えられないことです。

    それにもかかわらず、ブログ上に、判決が認定していない事実を真実として記載し公表することは、これまた不適切と言わざるを得ません。

    (3)もし、上に指摘したことを十分に認識した上で、それでもなお、本件判決が認定した事実と異なる事実を真実として記載したのであれば、意図的に、ブログの読者を誤解させ、医療事故訴訟およびその判決に対するいわれなき非難を煽ろうとしているものと推測せざるを得ません。 と同時に、その行為は、医療裁判の原告、またその代理人らに対する不当な中傷となりますし、名誉毀損に相当する行為となりえます。 また、いたずらに医師と患者との間の対立を煽り、激化させることにつながります。これでは、医療の安全について様々な立場から公正かつ自由に議論することができる土壌や共通認識を奪う結果となりかねません。

    (4)転送義務違反で医療側が訴訟で敗訴すること自体が、救急医療体制の存続を危うくさせる、あるいは救急医療体制を支えている医師のやる気を失わせることになるという批判も妥当なものとはいえません。
    そうした批判は、医療事故被害者が民事訴訟を提起すること自体を否定することにつながりかねず、医療事故で被害にあったという疑いをもった患者あるいは遺族は、当該医療機関側が過誤を否定するとき、その審査を求める手段をもちえず、被害回復の途を一切閉ざされてしまうこととになりかねません。

    医療事故で被害にあったという疑いをもった患者あるいは遺族が何が起こったかを確認したい、被害回復を図りたいと願って民事訴訟を提起し、裁判を受けることは、憲法にも定められている国民の正当な権利です。
    その正当な権利を行使しようとする医療事故被害者を萎縮させるような批判は妥当なものとは言えません。
    なお、ブログの記載の中には、刑事裁判手続と民事裁判手続とを混同していると思われるものが散見されます。この点、検察官が訴追する「刑事裁判、刑事訴訟手続」と民事訴訟手続は全く別の裁判制度であることに注意しなければなりません。本件訴訟は民事訴訟手続であり、有罪無罪が争われる刑事訴訟手続とは異なります。

  11. おわりに
  12. 現在、救急医療体制が大きな問題を抱えていること、それに携わる医師、とくに病院勤務医師の負担が過重になっていることは、私たちも認識しています。しかし、その問題は医療過誤訴訟で救急医療に携わる医師の責任が認められたから生じたわけではありません。行政の問題、医療側の問題、患者側の問題等が複雑に絡みあうなかで生じていることを冷静に見ていくべきものです。

    必要なとき、安心して受診できる救急医療、医師がやりがいをもち、かつ誠実に診療にあたることのできる環境下での救急医療の実現は、いつなんどき救急医療を必要とするようになるかもしれない市民にとっての強い願いです。それは医療事故被害者や、私たち代理人弁護士も例外ではありません。むしろ、医療事故被害者は、自らが医療事故に遭遇したからこそ、自らの経験を礎にしてでも、安全でよりよい医療が実現されることを真摯に願っています。

    医療事故被害者の声を聞き、医療事故に学び、よりよい医療を目指す方法が制度化されるべきであり、既にそれを実践してきた医療機関も決して少なくありません。その意味で、本当によりよい医療のためや、安全な医療を求めていくためには、過誤事案を真摯に検証することこそ、重要なことだと考えます。

    医療事故被害者や、私たち代理人弁護士も、医療はそもそも危険な面を伴うものであることは理解します。結果が悪ければ何でも責任を問うものではありません。医療記録を医師の協力を得ながら検討するなどして、医療側に落ち度のあった疑いが拭えない場合や、合理的な説明を受けられない場合など、ほとんどの場合最後の手段として裁判に真実究明の場を求めているのです。

    インターネット上の判決批判については、当研究会も法律家の団体としてインターネットにおける自由闊達な言論は民主主義社会の健全な発展のためにも尊重する必要があると考えています。しかし、それはあくまで真実に基づいたものでなければならないと考えます。判決も認定せず担当医も証言していない事実を、具体的な裏付けや情報の入手経路も明らかにしないまま、あたかも真実と主張し、それに基づいて非難中傷と言われても仕方のない表現態様で、匿名の言論を不特定多数に向かって発信することは、言論の自由の範囲を逸脱して患者・家族等の名誉や人格権を侵害する可能性さえあり、大切な言論の自由の自殺になりかねません。成熟した言論の自由とは何か、今少し冷静に考える必要があるのではないでしょうか。

    当研究会は、本件判決に対する不当な批判は、決して医療体制をよくすることにつながるものではなく、むしろ医療側と患者側の対立を激化させ、医療の安全に向けての発展的な議論を阻害するおそれがあるものと考え、あえて本声明を公にするものです。

以上
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