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プレスリリース

日付 :2005年5月25日

医療事故発生時における診療記録等の開示に関する意見書


【要 約】
医療事故発生時に、患者等の求めの有無にかかわらず、医療従事者側からカルテの写しを交付し、事故原因の説明をすべきことを、医療法施行規則に盛り込むよう求めた。
平成17年5月

医療問題弁護団
(事務局)
東京都葛飾区西新小岩1-7-9
西新小岩ハイツ506
福地・野田法律事務所内
電 話 03(5698)8544
FAX 03(5698)7512
掲載ホームページ:http://www.iryo-bengo.com/

目 次

第1 意見の趣旨

第2 本意見書の要旨

第3 意見の理由

I 医療事故発生時における診療記録等開示の必要性

1 医療事故-患者の生命・健康・安全な医療を受ける権利の侵害-

2 医療事故被害者の願いと迅速な被害救済の必要性

3 医療事故発生時における医療従事者等の情報開示及び説明責任
(1)患者等の求めの有無にかかわらない情報開示及び説明の必要性
 [1]生命倫理における公正の原理
 [2]同種事故再発防止のための被害者参加の重要性
 [3]「患者等からの求め」の実際上の困難性
(2)診療記録等の原資料の開示が必要であること

II 診療記録等開示請求権の現状

1 診療記録等開示の目的・機能に関する従来の議論とその問題点
(1)医療従事者等と患者との信頼関係構築、医師患者間の情報共有化による医療の質と安全性の向上
(2)患者の自己決定権に基づく自己情報コントロール権
(3)従来の議論の問題点
(4)立法・行政・司法いずれの面でも対応が不十分であること

2 医療事故発生時における診療記録等開示請求権の法的根拠
(1)学説
 [1]民法645条の報告義務
 [2]遺族に対する説明義務
(2)判例
 [1]東京高裁昭和61年8月28判決(判例時報1208号85頁)
 [2]広島地裁平成4年12月21日判決(判例タイムズ814号202頁)
 [3]東京高裁平成10年2月25日判決(判例タイムズ992号205頁以下)
(3)小括

3 現行法制度における開示請求権の具体化が不十分であること
(1)犯罪被害者保護法
 [1]犯罪被害者保護の根拠・制度趣旨
 [2]制度上の限界
(2)個人情報保護法
 [1]趣旨
 [2]本人に対する個人情報開示の仕組み
 [3]問題点
 ア)法の適用対象となる医療機関の範囲が限られていること
 イ)遺族への診療情報の提供については法の適用対象外となること
 ウ)本人からの「開示の求め」を要件としており、かつ「開示の求め」の法的性質につき解釈上の争いがあること
 エ)写しの交付が保障されないこと
 オ)開示対象となる情報の範囲が限定されていること
 カ)不開示事由を広く解釈することによって開示拒否の対応をなしうること
 キ)不開示に対する不服申立の権利が認められていないこと
 ク)医療機関毎に適用法令が異なるため患者側に理解困難でありかつ不合理であること
 ケ)本来、個別法による対応が必要な分野であること

4 行政上のガイドラインによる対応では不十分であること
(1)診療情報提供ガイドラインの不十分性
 [1]医療従事者等に対する法的拘束力がないこと
 [2]指針の目的・位置づけの文言から医療事故の場合を開示対象外と解釈しうること
 [3]「閲覧」で足りるとしていること
 [4]診療記録の開示請求権者の範囲が不明確であること
 [5]日時・場所・方法等の指定により実質的に開示拒否の対応をなしうること
 [6]高額な費用負担を定めることによって実質的に開示拒否の対応をなしうること
 [7]不開示事由の範囲を広く解することによって開示拒否の対応をなしうること
 [8]不開示に対する不服申立ての手続が不明確であること
(2)診療情報提供ガイドライン公表前後を通じて開示拒否事例が相次いでいること
 [1]診療記録等の開示制度が未整備であること自体を理由とする開示拒否
 [2]開示不開示の判断を個々の主治医に委ねている事例
 [3]医療事故の事案であることを理由とする開示拒否
 [4]写しの交付拒否または一部の写しの交付しか認めない事例
 [5]遺族または代理人弁護士に対する開示拒否
 [6]開示の方法等を厳格に指定することによる実質的な開示拒否
 [7]高額な費用負担を求める事例等
(3)個人情報保護法ガイドラインの問題点
 [1]小規模事業者による遵守には法的拘束力がないこと
 [2]患者死亡の場合は上記診療情報提供ガイドラインによる開示に委ねていること
 [3]不開示事由が広く解釈されるおそれがあること
 [4]不開示に対する苦情処理体制が不十分であること
 [5]患者本人への開示手続が厳格化されることにより実質的な開示拒否の対応が増えるおそれがあること
(4)立法による対応が必要であること

III 医療法施行規則の改正によって対処すべきこと

1 医療法は医療を受ける個々の患者の権利の保障も趣旨とするものであること
(1)医療法の目的(1条)
(2)医療法の趣旨(医療提供の理念 1条の2)
(3)医療提供にあたっての患者に対する説明(1条の4第2項)

2 医療法の趣旨を達成するための国及び医療従事者等の責務が法定されていること
(1)国の責務(1条の3)
(2)医療の担い手の責務(1条の4)

3 医療法による医療法施行規則への委任
(1)法律から命令への委任
(2)医療法は医療安全対策の詳細につき医療法施行規則へ委任していること

4 医療安全対策の中には医療事故発生時の患者への説明が含まれていること
(1)医療安全対策検討会議報告書の趣旨
 [1]医療事故発生時の患者への十分な説明と情報提供が必要であるとの指摘
 [2]国及び医療従事者等の責務
(2)2002(平成14)年8月30日付厚生労働省通知の趣旨
(3)2002(平成14)年10月7日付厚生労働省通知の趣旨

5 結論



 医療事故発生時における患者等に対する診療記録等の開示について、以下のとおり意見を述べる。

[用語の定義]

 本意見書において、以下の各用語は、以下の意味に用いる。
 「医療事故」とは、「医療の全過程において、医療従事者の過失の有無を問わず、患者に対して何らか の健康被害を生じた事故」をいう。

 「患者等」とは、「患者、家族、遺族、その他現に患者の世話をしていた親族及びこれに準ずる者、  並びにこれらの者から代理権を与えられた者」をいう。

 「医療従事者等」とは、「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療従事者、医療機関の開設者及 び管理者」をいう。

 「診療情報」とは、「診療の過程で、患者の心身の状況、病状、治療等について、医療従事者等が知り 得た主観的・客観的情報の全て」をいう。

 「診療記録等」とは、「診療録、手術記録、麻酔記録、各種検査記録、検査成績表、エックス線写真、助産録、看護記録、病理組織標本、紹介状その他診療情報に関して作成、記録または保存された書面・画像等の一切(要約書、処方録及び処置録を含む)」をいう。

 「診療記録等の開示」とは、「患者等に対して、診療記録等を閲覧に供すること及び診療記録等の写し を交付すること」をいう。

 「診療情報の提供」とは、「口頭による説明、説明文書の交付、診療記録の開示等具体的な状況に即し た適切な方法により、患者等に対して診療情報を提供すること」をいう。


第1 意見の趣旨

 医療事故の発生時において、医療従事者等から患者等に対して、患者等からの求めの有無にかかわらず、診療記録等を開示するとともに、事実関係及び事故原因等につき診療記録等に基づく説明をすべきことを、医療安全対策の一環として、医療法施行規則の改正によって確保すべきである。


第2 本意見書の要旨

1 医療事故発生時においては、特に被害者の迅速な被害救済及び医療従事者等の情報開示と説明責任が強く求められることから、患者等の求めの有無にかかわらず、積極的に医療従事者等の側より、医療事故被害者である患者等に対して、診療記録等の全部開示(写しの交付)及びこれに基づく事故原因等の説明をすべきである(第3.Ⅰ)。

2 診療記録等の開示に関する従来の議論は、上記1の視点を欠いたものである(第3.  Ⅱ1)。

3 医療事故発生時における診療記録等開示請求権については、判例及び学説上、これを肯定する趣旨のものがみられるが、確立したものではなく、立法及び行政による対応が必要である(第3.Ⅱ2)。

4 現行法制度上、診療記録等開示請求権の具体化が不十分である。
 特に、本年4月1日から全面施行される個人情報保護法は、個人情報の漏泄による個人の権利利益の侵害を未然に防止することを趣旨とする法律であって、上記1の視点に立つものでないこと、遺族への診療情報の提供につき適用対象外となること、本人からの開示の求めを要件とすること、写しの交付が保障されないことなどの問題点が多々存する(第3.Ⅱ3)。

5 2003(平成15)年9月12日付厚生労働省医政局長発各都道府県知事宛通知「診療情報の提供等に関する指針の策定について」(以下「診療情報提供ガイドライン」という)及び2004(平成16)年12月24日付「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」による対応では不十分である。
 上記両ガイドラインはその内容自体不十分であるだけでなく、診療情報提供ガイドライン公表後も、旧国立病院、旧国立大学病院、私立大学病院及び地方公共団体開設に係る医療機関等で、医療事故発生時において、患者等に対する診療記録等の開示を拒否する事例が相次いでいることから、行政上のガイドラインによる対応ではなく、立法による対応が必要である(第3.Ⅱ4)。

6 現行法の枠組みの中でも、以下の理由により、医療法施行規則の改正によって対処することが可能であり、適切である(第3.Ⅲ)

             記

[1]医療法は、医療を受ける個々の患者の権利の保障をも趣旨として含んでいること(同  法1条の2、1条の4)
[2]医療法は医療安全対策の詳細の定めにつき医療法施行規則へ委任していること
[3]医療法施行規則への委任は、2002(平成14)年4月17日に公表された「医療安全推進総合対策~医療事故を未然に防止するために」(以下「医療安全対策報告書」という)の趣旨をふまえてなされていること
[4]医療安全対策報告書は、医療事故発生時の患者への十分な説明と情報提供が必要である旨指摘していること
[5]2002(平成14)年8月30日付及び同年10月7日付厚生労働省医政局発各都道府県知事宛通知「医療法施行規則の一部を改正する省令の一部の施行について」は、医療事故発生時における患者等への説明も医療法施行規則によって規制する趣旨を明らかにしていること


第3 意見の理由

I 医療事故発生時における診療記録等開示の必要性

1 医療事故-患者の生命・健康・安全な医療を受ける権利の侵害-

 医療は、患者の生命の尊重と個人の尊厳の保持を旨として良質かつ適切な内容で提供されなければならない(医療法1条の2)。中でも安全性の確保は、医療における本質的な要請であって、医療従事者等は、医療事故の発生を防止し安全な医療サービスを提供するために全力を傾注する責務がある(医療法1条の4)。患者の立場から見れば、「安全な医療を受ける権利」は医療における自己決定権等と並ぶ最も重要な基本的権利である。
 医療事故の発生は、医療従事者等の過失の有無を問わず、医療の安全性が確保されなかったことを意味する。患者の立場から見れば、安全な医療を受ける権利が侵害されるとともに、生命または健康に被害を受ける重大な場面である。

2 医療事故被害者の願いと迅速な被害救済の必要性

 医療事故の被害を受けた患者等が望むことは、[1]医療事故の原因究明、[2]医療従事者等による情報開示と説明責任の遂行、[3]医療従事者等の法的責任の明確化と謝罪、[4]医療事故の再発防止であり、特に[1][2]の原因究明、情報開示、説明責任(何が起こったのか真実を知りたいということ)が最も切実な願いである。
  医療事故被害者が被害の事実を受け止め、受容し、克服していくためには、医療事故発生に至るまでの正確な事実関係と医療事故の原因について、診療記録等に基づき詳細な説明を受ける等して真実を把握することが不可欠である。
 上記1のとおり、医療事故は、患者の安全な医療を受ける権利を侵害するとともに、患者の生命または健康に被害を発生させる重大な場面であるから、医療事故の発生時には、特に迅速な被害救済が必要である。

3 医療事故発生時における医療従事者等の情報開示及び説明責任

(1)患者等の求めの有無にかかわらない情報開示及び説明の必要性

 医療事故の発生を防止し、医療の安全性を確保するためには、第一に現実に発生した医療事故から学ばなければならない。そのため、医療従事者等には、[1]医療事故の発生を隠さず、患者等に対して真実を語り、誠実に対処すること、[2]患者等の求めの有無にかかわらず、自ら進んで事故原因の究明と再発防止に当たるとともに、情報開示と説明責任を尽くすことが求められる。
 患者等から求めがない場合にも、医療従事者等から積極的に情報開示と説明責任を尽くすべき理由は、以下の[1]ないし[3]のとおりである。

[1]生命倫理における公正の原理

 後記Ⅲ3のとおり、医療法及び医療法施行規則に基づき、医療事故発生の際、医療従事者等は、患者等の求めの有無にかかわらず、発生した事故に関して院内報告並びに厚生労働省や第三者機関に対する院外報告を行っている。医療事故被害者である患者等に対してのみ、その求めがない限り医療事故に関する情報が開示されず説明もされないというのは、生命倫理における公正の原理に反する。

[2]同種事故再発防止のための被害者参加の重要性

 後記Ⅲ4のとおり、医療従事者等と患者等が情報を共有することが医療安全対策の一つの鍵であること等から、患者等が主体的に医療に参加する環境を作ることが重要視されている。これを医療事故発生の場面にあてはめれば、同種事故再発防止のためには、医療従事者等と患者等が事故に関する情報を共有すること、医療事故の原因究明の過程に被害者である患者等が参加することが重要であるということになる。

[3]「患者等からの求め」の実際上の困難性

 上記[2]のとおり、患者等の主体的な参加が重要であるといっても、医療事故発生の場合、医療に関する専門知識を有しないことが多い上に、予期せぬ事故の被害を受けて肉体的・精神的にダメージを受けた患者等の側から、医療従事者等に対して主体的に情報開示や説明を求めることは、実際上、困難なことが多い。
   そこで、被害者である患者等の参加による同種事故再発防止を実効あらしめるためには、患者等の求めの有無にかかわらず、医療従事者等の側から情報開示と説明責任を尽くすことを確保する必要がある。

(2)診療記録等の原資料の開示が必要であること

 医療事故発生に至る事実関係を明らかにする上で、最も重要な資料は患者の診療記録等であるから、医療従事者等が情報開示と説明責任を尽くす上で、患者等の求めの有無にかかわらず、患者等に対する診療記録等を開示することが不可欠である。
 この場合の「開示」は、「閲覧」または「要約書の交付」にとどまらず、「診療記録等一式の写しの交付」の方法によることが重要である。なぜなら、医療事故という極めて専門性の高い分野における事故発生の経過及び事故原因について、患者等が「真実は何か」を正確に把握するためには、診療記録等一式の交付を受けた上で、これに基づき医療従事者等からの説明を受けることが不可欠だからである。
 このように、医療事故発生時における診療記録等の開示は、診療記録等の原資料一式の写しを患者等に交付することが原則であるが、被害の軽重、診療記録等の量、患者等の意向等は様々であることから、実務上は、交付する診療記録等の範囲について患者等と協議の上、決定すべきである。
 なお、診療記録等には英語等の外国語で記載された部分が多く、かつ各医療従事者等独自の略語が多用される実情にあるので、患者等の求めがある場合は、写しに日本語訳を付して交付することが必要である。
 2001(平成13)年6月、国立大学医学部附属病院長会議は「医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けて(提言)」を最終報告として公表したが、その中でも、医療事故発生時における患者等に対する「誠実で速やかな事実の説明」とともに「診療記録の開示」(サマリーの交付にとどまらない原資料の開示)が実施すべき不可欠の課題として掲げられている。このように医療現場においても、医療事故発生時の患者等に対する情報開示と説明責任を尽くすためには、診療記録等の開示が不可欠であると認識されるようになっている。

II 診療記録等開示請求権の現状

1 診療記録等開示の目的・機能に関する従来の議論とその問題点

 患者等に対する診療記録等の開示の目的・機能については、従来から種々の議論がなされているが、その観点は概ね以下の2点に分かれている。

(1)医療従事者等と患者との信頼関係構築、医師患者間の情報共有化による医療の質と安全性の向上

 第1に、患者等に対する診療情報等の開示は、診療過程において医療従事者等と患者との信頼関係を構築するとともに、医師患者間の情報共有化によって医療の質と安全性の向上を図ることを目的として行うという観点からの議論がある。
 この観点に立つと、医療事故発生の場合は、通常の診療過程には該当せず、医療事故の未然防止による安全性向上を図る場面でもなく、医療従事者等と患者との信頼関係も事故発生によって破壊されているから、上記の開示目的に該当せず不開示でよいとの解釈の余地を残してしまう。
 上記Ⅰ3のとおり、医療事故の発生時において、事故原因の分析と再発防止策策定の一環として、医療従事者等が診療記録等の開示に基づく説明を尽くすことは、医療の安全性向上につながるとともに、医療従事者等と患者との信頼関係を再構築することに資するものである。したがって、本来であれば、上記の目的と医療事故発生時の診療記録等の開示は相容れないものではないはずであるが、現実には、下記4(2)[3]のとおり、「医療事故発生の場合は、診療記録等を開示しなくとも良い」という医療従事者等の対応を導く結果となっている。

(2)患者の自己決定権に基づく自己情報コントロール権

 第2に、患者の自己決定権に基づき、自己に関する情報をコントロールする権利として診療記録等の開示請求権が認められるという観点からの議論がある。
 この場合は、開示の目的を問わず、医療事故発生の場合も患者は診療記録等の開示を求めうることになる。しかし、医療事故によって患者本人が死亡した場合、上記の立論は、遺族による診療情報等の開示請求権を当然に包含するものではない。
 患者が死亡するという重篤な被害が発生した医療事故は、遺族に対する診療記録等の開示が最も強く要請される場面であるにもかかわらず、上記の立論では「自己決定権に基づく自己情報コントロール権を行使する主体が存在しないのだから、診療記録等の開示は必要がない。」との医療従事者等の対応を招きうる。現に、下記4(2)[5]のとおり、遺族に対する診療記録等の開示を拒否する医療従事者等が存在している。

(3)従来の議論の問題点

 診療記録等の開示の目的・機能に関する従来の議論は、医療事故発生時における[1]患者等の迅速な被害救済の視点、[2]医療従事者等の情報開示及び説明責任の視点、並びに、[3]診療記録等の開示に基づく患者等に対する説明が、医療事故原因の分析及び同種事故の再発防止策策定の一環としてなされ、ひいては医療の安全性向上に資するとの視点のいずれをも欠いているという問題点がある。

(4)立法・行政・司法いずれの面でも対応が不十分であること

 下記2及び3のとおり、判例及び学説上、さらに現行法制度の理念において、医療事故発生時における患者等の診療記録等開示請求権は既に肯定されていると考えられるが、確立した判例及び学説はなく、個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という)等による現行法制度上の開示請求権の具体化も不十分である。
 さらに、下記4のとおり、行政上のガイドラインとして、2003(平成15)年9月12日、厚生労働省医政局長発各都道府県知事宛通知「診療情報の提供等に関する指針の策定について」(以下「診療情報提供ガイドライン」という)が発せられ、2004(平成16)年12月24日、個人情報保護法6条及び8条に基づき、「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」(以下「個人情報保護法ガイドライン」という)が公表されている。しかし、上記各ガイドラインの内容は不十分であること、下記4(2)のとおり、診療情報提供ガイドライン公表前後を通じて診療記録等の開示拒否事例が相次いでいることから、行政による取り組みも不十分な現状にある。

2 医療事故発生時における診療記録等開示請求権の法的根拠

(1)学説

 医療事故発生時における患者等の医療従事者等に対する診療記録等開示請求権の法的根拠については、従来の学説上、主として証拠保全手続との関係においてであるが、下記[1]のような見解が述べられてきた(新堂幸司「訴訟提起前におけるカルテ等の閲覧・謄写について」判例タイムズ382号10頁以下)。
 そして、これらは、裁判所を介さない診療記録等の開示の問題にも基本的に妥当するものである。

[1]民法645条の報告義務

 医師または医療機関(以下「医療機関等」という)と患者との間の診療契約の法的性質については、これを準委任契約と捉えることが一般的であるところ、これを前提に、民法645条またはこの類推による報告義務が主張されることは自然な流れである。同条項によって、受任者は委任者に対して、「委任者の請求あるときは何時にても」報告義務を負い、また、「委任終了の後」、「遅滞なく」、「顛末を報告する」義務を負う。
 「医療事故」とは委任者である患者の予想を超えた異常事態が発生した時点である。かかる場合に、受任者である医療機関等は、事故の原因・経過を含めた「顛末」を報告する義務を負うことは当然の事柄である。受任者である医療機関としては、自らがその時点において同種同レベルの医療機関等に要求されるところの医療水準に則って診療義務を尽くしたか否かを明らかにする必要があり、また、委任者である患者はそれを受任者に要求する権利がある。そして、民法645条は、受任者が善管注意義務を果たしているか否かを委任者の方で判断できるに足りる客観的な資料の提示を委任者に対して要求できる地位を保障したものと解されるから、同条を根拠として患者の診療記録等の閲覧謄写請求権が認められるべきである。

[2]遺族に対する説明義務

 上記[1]のとおり、診療契約が準委任契約であるとすると、患者が死亡した場合、医療機関等は契約当事者でない遺族に対して説明義務を負うのかどうかが問題となる。この点について、診療契約の解釈から導くことができるとの見解がある(中村哲「医療訴訟の実務的課題-患者と医師のあるべき姿を求めて-」121頁以下)。すなわち、診療契約締結時において、患者は、特段の意思表明のない限り、通常、自らが死亡した場合には、その死因などについて遺族に説明をしてほしいとの意思を有していると考えられ、医療機関等も患者が死亡した場合には、遺族に対して死因などを説明すべきものと考えている。このような診療契約の意思解釈から、患者が死亡した場合、医療機関等は患者の遺族に対して死因を含めた顛末を説明すべき義務を負担していると解される。
 とすれば、遺族による患者の診療記録等の閲覧謄写請求権もまた、上記[1]と同様に認められるべきであると考えられる。

(2)判例

 判例においても、以下のとおり、医療事故発生時における患者等の診療記録等の開示請求権を肯定的に解する趣旨を含む判決例がある。

[1]東京高裁昭和61年8月28判決(判例時報1208号85頁)

 本判決は、慢性肝障害の治療のため、インターフェロンを使用して治療を受けていた患者から医療機関に対する診療録の閲覧を求めて提訴された事件について、医療契約を準委任契約と解した上で、民法645条の法意により、患者からの請求があれば、特段の事情の無い限り、診断の結果、治療の方法、及びその結果等について説明・報告する義務があるとしつつ、診療録そのものを当然に開示する義務まではない旨を判示した。但し、一般論としては、「仮に、医療事故等の発生が前提とされたり、診療録の記載そのものが問題とされたりするなど、診療録閲覧の具体的必要性があると考えられるような事情の存する場合において、医療契約に基づく診療録閲覧請求権について、何らかの異なる立論をする可能性があるにしても」と述べて、医療事故発生時の診療録閲覧請求権の是非については肯定の可能性を論及した。

[2]広島地裁平成4年12月21日判決(判例タイムズ814号202頁)

 本判決は、医師が医学上の基礎知識の欠如により、患者の死因について、訴訟提起前後を通じて遺族に対し誤った説明を行ったことにつき、医師の遺族に対する不法行為責任を認めた事例である。本判決は、「死という人の一生において最も重大な事態であるだけに、患者の遺族が、患者が死に至った経緯及びその原因を知りたい、知って少しでも心を落ち着けたいと考え、それに対する説明を診療を行った医師に対して求めること」は「人としての本性に根ざすとも言い得ること」であると判示した。また、生命の重要性、高度の専門的知識を有する者が特別な資格に基づき行う医療の特殊性、「医師が患者に対する診療契約関係においては診療内容について報告義務を負うとされること(民法645条参照)」、死亡の経過及び原因は、多くの場合診療に当たった医師にしか容易に説明できないことなどから、遺族が医師に対して、患者の死亡の経過及び原因の説明を求める心情ないし要求は法的保護に値するものとした。その上で、本判決は、「患者が死亡するに至った経緯・原因について、診療を通じて知り得た事実に基づいて、遺族に対し適切な説明を行うことも、医師の遺族に対する法的な義務であるというべき」であると判示した。同判決は、正面から診療記録等の開示請求権に言及してはいないが、患者の死因等に関する医師の遺族に対する説明は、「診療を通じて知り得た事実に基づいて」「適切に」なされるべきことを述べており、これは、診療記録等に記載された客観的事実に基づく適切な説明が必要であるとの趣旨に解されるから、遺族による診療記録等の開示請求権を否定するものではないといえる。

[3]東京高裁平成10年2月25日判決(判例タイムズ992号205頁以下)

 本判決は、当該事案の判断としては否定的に解したものの、一般論として「医療行為が高度に専門技術的な性質を有する行為であることや、そのような医療行為を提供する医療機関に寄せる患者及びその配偶者と子ら近親者の期待や信頼」、「患者に施行した医療行為の内容や患者が死への転帰をたどった経過については、患者の死亡の時点においては当該医療機関のみがこれをよく知る立場にあること、したがって、患者の死因についても、当該医療機関が最もよく知り得る立場にある」こと等から、医療機関は「死亡した患者の配偶者及び子ら遺族から求めがある場合は、信義則上、これらの者に対し、患者の死因について適切に説明を行うべき義務を負うもの」と判示した。さらに、同判決は、「右のような諸事情に加えて、一般に病理解剖が患者の死因解明のための最も直接的かつ有効な手段であることが承認されていること」から、「具体的な事情のいかんによっては、社会通念に照らし、医療機関において、死亡した患者の配偶者及び子ら遺族に対し(略)病理解剖の提案をし、その実施を求めるかどうかを検討する機会を与え、その求めがあった場合には、病理解剖を適宜の方法により実施し、その結果に基づいて、患者の死因を遺族に説明すべき信義則上の義務を負うべき場合があり得ることを完全に否定しさることはできない」と判示した。
 患者の死因等について当該医療機関が最もよく知り得る立場にあるのは、当該医療機関が患者の診療情報を把握し、かつ診療記録等に記載し保管していることによる。したがって、本判決は、医療機関が遺族に対し、患者の死因等に関して、診療記録等に基づき、さらに事案によっては遺族の了解のもとに実施した病理解剖の結果にも基づき、適切な説明をすべき義務があることを明らかにしたものと解される。本判決もまた、遺族による診療記録等の開示請求権を否定するものではない。

(3)小括

 以上のとおり、我が国の実情は、学説の上では、医療事故発生時を含めて患者からの一般的な診療記録等開示請求権を積極的に解する見解も見られる。
 しかし、上記(1)[1]の学説は、患者がほとんど全てを医師の裁量に委ね、診療行為の内容について正確に知り得ないまま医師を盲目的に信頼して包括的に診療を受けざるをえないという医師と患者の関係を前提とした立論であるという限界がある。
 我が国においても、近年とみに患者の自己決定権の侵害による説明義務違反を認める判例も集積され、従前のいわゆるお任せ医療ではなく、患者側の権利を重視する方向性は顕著である。しかし、上記(1)[1]の学説は、このような現在の医師と患者の関係を前提としたものではないことから、医療事故発生時における患者等の診療記録等開示請求権に関する確立した学説はないのが現状である。
 また、判例法理の上では、医療事故発生時のケースにおいて、患者等による診療記録等開示請求権を肯定する趣旨を含むと解される判例はあるものの、これを正面から認めたものは存在しないと思われる。
 このように判例及び学説の展開が不十分であることから、医療事故発生時の診療記録等開示請求権の確保については、立法及び行政による対応が必要である。
 現在は医療事故発生時において患者側からの証拠保全申立が裁判所に容れられないとの事例は、余程の特殊事情が無い限りはほとんど無く、また最近の民事訴訟法改正により、原告側の提訴予告通知による相手方からの証拠収集の方途も新設されている。しかし、このような法的手段があるからといって、医療事故の被害者が、事故発生に至る事実関係及び事故原因を知るためには、すべからく法的手続を経て診療記録等を入手しなければならないというのは著しく妥当性を欠く。
 裁判所を介さない患者側の診療記録等開示請求権のみを法制化しない理由は何も存在せず、それは患者側の無用な費用負担や裁判所側の証拠保全手続の事務処理の手間を省力化することにもなると考えられる。そして、何よりも、上記Ⅰ3で述べたとおり、医療事故発生時における診療記録等の開示は、医療事故被害者の被害救済の根幹をなすものであり、医療従事者等の説明責任を果たすため及び医療事故の再発防止のためにも必要なものである。
 そこで、以下に、現行法制度及び行政上のガイドラインについて検討するが、立法及び行政の対応はいずれも不十分である。

3 現行法制度における開示請求権の具体化が不十分であること

 以下に述べるとおり、最近の立法である犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(以下「犯罪被害者保護法」という)と個人情報保護法は、いずれも患者側からの診療記録開示請求を肯定する方向の法意を含んでいるが、具体的な法制度としては、なお非常に不十分である。

(1)犯罪被害者保護法

[1]犯罪被害者保護の根拠・制度趣旨

 同法の趣旨は、何の責めもないにも拘わらず犯罪被害を受けた者を社会が補助するとの社会連帯・共助の精神と共に、被害者の人格を尊重する見地から、被害者を刑事司法から疎外せず、情報提供と積極的参加を可能とし、その犯罪からの早期立ち直りを支援するところに主眼がある。
 かかる見地から、同法3条は、被害者による公判記録の閲覧謄写権についての定めを置き、刑事裁判確定後に限って認められていた従前の公判記録閲覧・謄写の制限的取扱いを拡大して、公判手続係属中にも可能とすることとした。
 医療事故の被害者の全てが犯罪被害者となるわけではないが、その一部は業務上過失致死傷罪の被害者となるのであり、また犯罪被害者ではないとしても、上記と同様の、情報へのアクセス、立ち直りの支援という法意は、医療事故の被害者一般にも広く及ぼされるべきものである。

[2]制度上の限界

 但し、同制度の限界は、医療事故が業務上過失致死傷罪として公判請求された場合にのみ機能するという点である。不起訴処分となった場合には、2000(平成12)年2月4日法務省刑事局長通知に基づき、一定の範囲において不起訴記録の閲覧または謄写を認める運用がなされているが、捜査段階には機能しない。 いずれにせよ、犯罪被害者保護法及び上記刑事局長通知による開示制度は、診療記録等にアクセスするための医療事故被害者の救済手段としては不十分である。

(2)個人情報保護法

 2003(平成15)年5月、個人情報保護法を含む関係5法が成立し、2004(平成17)年4月1日から全面施行されることとなった。これによって、各医療機関等は以下の法律等によって診療情報の保護を図るべきこととなった。
 国立大学法人(旧国立大学附属病院)または独立行政法人国立病院機構(旧国立病院)が開設する医療機関:独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律(以下「独立行政法人個人情報保護法」という)
 地方公共団体または地方独立行政法人が開設する医療機関:各地方公共団体の定める条例等 
 上記以外の民間の医療機関等:個人情報保護法 
 このように、個人情報保護法の全面施行後は、医療機関等の開設主体によって適用法令が異なることとなるが、本意見書では主として、官民を通じた基本理念を定める基本法部分を含んだ個人情報保護法について検討する。

[1]趣旨

 個人情報保護法は、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることから、個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とするもので(同法1条参照)、個人の人格尊重の見地から個人情報につき慎重かつ適正な取扱いを求めるものである(同法3条参照)。
 特に、医療分野は、同法7条1項に基づき策定された「個人情報の保護に関する基本方針」[2004(平成16)年4月2日閣議決定、以下「基本方針」という]等において、個人情報の性質や利用方法等から特に適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある分野の一つであると位置づけられている。

[2]本人に対する個人情報開示の仕組み

 個人情報保護法は、個人情報取扱事業者に対して、保有個人データの開示等に必要な手続等についての公表を要求し(同法24条1項)、また本人からの求めにより保有個人データを開示することとしている(同法25条1項)。(注1)
 個人情報保護法25条1項の開示制度は、1980(昭和55)年9月、OECD(経済協力開発機構)が採択した「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関するOECD理事会勧告」の附属文書(いわゆるOECDガイドライン)「第2部 国内適用における基本原則」(いわゆるOECD8原則)13項(b)の「個人参加の原則」(内容は下記のとおり)に対応するものである(園部逸夫編「個人情報保護法の解説≪改訂版≫」165頁)。

     記

(OECDガイドライン13項「個人参加の原則」)
個人は次の権利を有する。(b)自己に関するデータを、
(・)合理的な期間内に、
(・)もし必要なら、過度にならない費用で、
(纊)合理的な方法で、かつ、
(褜)自己に分かりやすい形で、自己に知らしめられること。
 患者の診療記録等を保有する一定規模以上の民間医療機関は、上記規定にしたがい、原則として、患者本人からの求めに応じて診療記録等の開示をすべき義務を負う。そこで、同制度が施行されると、一定範囲に限っては、医療事故の発生時を含めて、患者本人から医療機関に対する診療記録等の開示の態勢は整うことになると考えられる。

(注1)個人情報保護法上の各用語の定義は概ね以下のとおりである。
・個人情報取扱事業者(同法2条3項)
 個人情報データベース等を事業の用に供している民間事業者。国の機関、地方公共団体、独立行政法人等、地方独立行政法人及びその他政令で定める者(個人データにより識別される特定の個人の数が過去6か月以内のいずれの日でも5000件以下の者)を除く。
・個人情報データベース等(同法2条2項)
 個人情報を含む情報の集合物で、特定の個人情報をコンピュータやマニュアルによって検索できるように構成されたもの
・個人情報(同法2条1項)
 生存する個人に関する情報で、特定の個人を識別できるもの 
・個人データ(同法2条4項)
 個人情報の一形態で、個人情報データベース等を構成する個人情報
・保有個人データ(同法2条5項)
 個人データのうち、個人情報取扱事業者が開示、訂正、削除等の権限を有するもの

[3]問題点

ア)法の適用対象となる医療機関の範囲が限られていること

 個人情報保護法の対象となる個人情報取扱事業者からは、「その取り扱う個人情報の量及び利用方法からみて個人の権利利益を害するおそれが少ないものとして政令で定める者」が除外される(同法2条3項5号)。具体的には、「個人情報の保護に関する法律施行令」(以下「政令」という)2条により、識別される特定の個人の数の合計が過去6か月以内のいずれの日においても5000を超えない事業者(以下「小規模事業者」という)は同法の適用除外とされた。同法第4章(個人情報取扱事業者の義務等)の立法趣旨が、高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることを背景に、もっぱら大量かつ高度に処理される個人情報の不適正な取扱いによって個人の権利利益を侵害されることを未然に防止することにあることから、上記の適用除外規定が設けられたものである(個人情報保護基本法制研究会編「Q&A個人情報保護法[第2版]」26頁)。
 したがって、診療所や助産院など小規模な医療機関等については、個人情報保護法による開示制度が適用されない可能性が高い。
 しかし、当弁護団員が取り扱う医療事故の中には、小規模な医療機関等における事故も相当数あり、その中には重篤な被害が発生する事故も多い。
 また、上記Ⅰ1で述べたとおり、医療機関等は規模の大小を問わず、医療事故の発生を防止して安全な医療を提供する責務があり、万一医療事故が発生した場合には、患者等に対する情報開示と説明責任を果たすべき立場にある。このように、医療の分野においては、規模の大小によって個人情報保護法に基づく開示義務を負担しないということは妥当でないにもかかわらず、小規模事業者に該当する医療機関等は、同法の適用除外であることを理由として医療事故被害を受けた患者からの診療記録等の開示請求を拒みうるという問題がある。

イ)遺族への診療情報の提供については法の適用対象外となること

 個人情報保護法の対象となるのは、「生存する個人に関する情報」(同法2条1項)である。同法が個人情報の本人を対象として、本人の権利利益の侵害を未然に防止することを目的としており、遺族等の第三者の権利利益を保護することまで意図するものではないこと、開示、訂正等は本人のみが行うことが可能であることによる(園部前掲書47頁)。したがって、医療事故によって患者本人が死亡した場合の遺族からの診療記録等の開示請求は同法ではカバーできないことになってしまい、それだけで重要な医療事故のかなりの部分が対象から脱落してしまうこととなる。
 患者が死亡するという最も重篤な被害が発生した医療事故については、患者等の被害救済の上からも、同種事故再発防止による医療の安全性確保の観点からも、医療機関等による情報開示と説明が最も強く要請される場面であるにもかかわらず、個人情報保護法に基づく診療記録等の開示制度が機能しないという問題がある。なお、独立行政法人個人情報保護法も、「生存する個人に関する情報」を対象とすることから(同法2条2項)、個人情報保護法と同様の問題がある。

ウ)本人からの「開示の求め」を要件としており、かつ「開示の求め」の法的性質につき解釈上の争いがあること

 個人情報保護法25条1項は、本人からの開示の求めがあったときは、個人情報取扱事業者は、原則として本人に対し、保有個人データを開示しなければならないと定めている。独立行政法人個人情報保護法12条1項は、「何人も、この法律の定めるところにより、独立行政法人等に対し、当該独立行政法人等の保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。」として、本人の開示請求権を明文で認めているが、個人情報保護法25条1項は、条文の文言上、開示請求権を明文で認めるという体裁になっていない。
 このため、個人情報保護法25条1項に反して、個人情報取扱事業者が開示を拒否した場合、本人は同条項に基づき裁判上の救済、特に開示請求をなしうるのかが問題となるが、現在でも解釈が分かれている。つまり、個人情報取扱事業者が正当な理由なく本人からの開示を拒否したとしても、行政上の取締法規に違反するにとどまり、本人は同条項に基づく開示を裁判上請求することはできないとする解釈も存するのが現状である。
 個人情報保護法による開示制度は、医療事故発生の場合の診療記録等の開示について一定限度の機能を果たすといっても、医療機関等が開示を拒否した場合には実効性が乏しくなるという問題がある。
 また、何よりも問題であるのは、開示義務が生じるのは本人からの「開示の求め」があった場合に限られることである。上記Ⅰで述べた医療事故発生時の診療記録等開示の必要性に鑑みれば、医療事故発生時には、患者等からの開示の求めの有無にかかわらず、医療機関等から積極的に診療記録等を開示すべきである。しかし、個人情報保護法の開示制度では、患者本人の求めがない限り、医療機関等は、医療事故発生時において診療記録等を開示する義務を負わないという問題点がある。

エ)写しの交付が保障されないこと

 個人情報保護法25条1項は、開示の方法は政令で定めるとしているところ、政令6条1項は、「書面の交付による方法」のほかに「(開示の求めを行った者が同意した方法があるときは、当該方法)」による開示でも良いとしている。
 上記Ⅰ3で述べたとおり、医療事故発生時の診療記録等の開示は、「閲覧」または「要約書の交付」にとどまらず、診療記録等の写しの交付であることが必要とされる。しかし、同条項によれば、患者本人の同意を何らかの形で得ることによって、医療事故発生の場合においても、医療機関等は、診療記録等の写しの交付以外の方法による開示をすれば、個人情報保護法上の開示義務を尽くしたことになるという問題がある。
 なお、独立行政法人個人情報保護法24条1項も、開示の方法は「文書又は図画により記録されているときは閲覧又は写しの交付」、「電磁的記録に記録されているときはその種別、情報化の進展状況等を勘案して独立行政法人等が定める方法」によると定められており、個人情報保護法と同様の問題がある。

オ)開示対象となる情報の範囲が限定されていること

 個人情報保護法25条1項による開示請求の対象は、全ての個人情報ではなく、「保有個人データ」(個人情報データベース等を構成する個人情報のうち、個人情報取扱事業者が開示、訂正、削除等の権限を有するもの)である。
 したがって、医療事故発生時における診療記録等であっても、同法に定める個人情報データベース等に組み込まれずに医療機関等が保有するものについては、開示の対象外となりうるという問題がある。また、開示請求の相手方以外の医療機関が作成した紹介状等は、患者から見れば自己の診療情報に関する診療記録等であるにもかかわらず、開示請求の相手方において開示、訂正、削除等の権限がないとの理由により開示対象から除外されうるという問題がある。
 さらに、個人情報保護法では、6か月以内に消去されることとなる個人データは保有個人データに含まれず、開示対象外とされる(同法2条5項、政令4条)。医療現場で作成される様々なメモなどは、特に医療事故発生の場合においては、事実関係や事故原因を把握するための資料として、患者等にも開示されてしかるべきものであるが、6か月以内に消去されるものであるから開示の対象にならないとされるおそれがある。(注2)
 なお、独立行政法人個人情報保護法12条1項による開示請求の対象は、「保有個人情報」(注3)とされており、個人情報保護法による開示請求の対象よりも広い概念となっている。

(注2)2004(平成16)年7月30日に実施された第7回医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会において、大道久委員(日本大学医学部教授)は、「6か月以内に消去するというようなことであるならば、従来診療録等に記載していたことでも、保有個人データにはならないという受け止めをされることにたぶんなります。」「業務上便利なために、現場では様々なメモやある種の記録が残るわけです。実際にはそれは患者さんの本来的な診療録、あるいは医療記録として永久的に保管・保存するものではないという趣旨の位置づけというのが、このガイドラインでかなり急速に鮮明になってくる可能性があります。6か月ということが法律本則にあるのであれば、これはこれでたぶん活きることになるのだと思います。」と発言している(同検討会議事録参照)。

(注3)「保有個人情報」とは、独立行政法人等の役職員が職務上作成し、または取得した個人情報で、当該法人等の役職員が組織的に利用するものとして当該法人等が保有している文書、図画及び電磁的記録をいう(独立行政法人個人情報保護法2条3項、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律2条2項参照)。

カ)不開示事由を広く解釈することによって開示拒否の対応をなしうること

 個人情報保護法25条1項は、本人からの求めに対して、保有個人データの全部または一部を開示しないことができる場合として、「本人または第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合」(1号)、「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合」(2号)などを掲げている。これらの不開示事由に該当するか否かは、開示の求めを受けた個人情報取扱事業者が判断するものと解されているから、医療機関等が不開示事由を広く解釈することによって診療記録等の開示拒否の対応をなしうることになる。
 また、2号の解釈として「本人と個人情報取扱事業者とが原告と被告等との関係のように利益相反関係にあり、開示する方が不当に不利になるおそれがある場合等については、本号に該当する可能性があると考えられる。」(園部前掲書171頁)とされている。医療事故発生の場合、医療機関の過誤によって患者の生命・健康に被害を生じた場合は、最終的には損害賠償請求の問題が関係してくるため、医療機関等が2号に該当するものとして、診療記録等の不開示の対応をするおそれがある。
 なお、独立行政法人個人情報保護法は、14条において不開示事由を定めており、「開示請求者の生命、健康、生活又は財産を害するおそれがある情報」(1号)、「国の機関、独立行政法人等又は地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報であって、開示することにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」(5号)、「契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等又は地方公共団体の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ」(5号ニ)などが掲げられているから、個人情報保護法と同様の問題がある。

キ)不開示に対する不服申立の権利が認められていないこと

 仮に医療機関等が患者本人に対する診療記録等の開示を拒否した場合、個人情報保護法上、個人情報取扱事業者による苦情処理(31条)または認定個人情報保護団体による苦情処理(42条)について定めがあるのみで、不服申立の権利は制度化されていない。
 なお、独立行政法人個人情報保護法においては、行政不服審査法による異議申立ての手続が定められている(42条以下)。

ク)医療機関毎に適用法令が異なるため患者側に理解困難でありかつ不合理で あること

 本項の冒頭に述べたとおり、旧国立大学病院及び旧国立病院を受診した場合は独立行政法人個人情報保護法、公立病院を受診した場合は地方公共団体の定める個人情報保護条例等、民間の医療機関等を受診した場合は個人情報保護法がそれぞれ適用されるが、民間の医療機関等でも小規模事業者に該当すれば、個人情報保護法の適用対象外となる。
 しかも、上記に述べたとおり、適用法令によって、開示制度の内容は微妙に異なっている。上記に述べた以外では、開示請求権者について、個人情報保護法が適用される医療機関等を受診した場合は、本人が委任した任意代理人も開示請求をすることができるが(同法29条3項、政令8条2号)、独立行政法人個人情報保護法が適用される医療機関の場合には、任意代理人による開示請求は認められない(同法12条2項)。
 このように錯綜した法律の適用関係について、患者側は理解しにくいのが一般であるし、受診した医療機関等の如何によって開示制度の内容が異なるというのも不合理である。医療事故被害者による開示請求の面から見れば、受診した医療機関の種別を問わず、複雑な事務手続の壁に遮られることなく、速やかに診療記録等の開示を受けてこれに基づく説明を受ける権利が保障されるべきであるのに、現在の個人情報保護法制はこれに応えられる内容となっていない。

ケ)本来、個別法による対応が必要な分野であること

 個人情報保護法の成立に際して衆参両議院の特別委員会でなされた附帯決議において、医療は、国民から高いレベルでの個人情報の保護が求められている分野の一つとして、特に適正な取扱いの厳格な実施を確保する必要がある個人情報を保護するための個別法を早急に検討すべきであると指摘されている。
 このように、医療の分野は、本来、あらゆる分野の事業を対象とするミニマムスタンダードである個人情報保護法による規律ではなく、診療記録等の開示に関する個別法の制定によって対応すべき分野である。
 さらに言えば、「個人情報の保護」という観点からの個別法ではなく、患者の権利、医療機関の説明責任及び医療の安全性確保の観点に立った個別法によるべきものである。
 下記4(2)の個人情報保護法ガイドラインを検討した「医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会」においても、委員からの発言として、個人情報の漏出等による個人の権利利益侵害の未然防止を主たる目的とする個人情報保護法制の枠組みの中で、診療記録等の開示の問題を検討すること自体についての違和感が述べられていた。(注4)

(注4)2004(平成16)年7月30日に実施された第3回検討会議事録に以下の各委員の発言が記録されている。
寺野彰委員(日本私立医科大学協会理事)「(前略)診療記録の開示と、それを拒否する例外の問題と、個人情報保護の趣旨が果たして合っているのかという問題があります。拒み得る場合というのは、あくまでも診療記録開示の例外です。開示の問題であって漏えいの問題ではないのではないかという気がします。(中略)医療の問題と、そのほかのフィールドの問題とはかなり違うという特殊性は考えておく必要があるのではないか(中略)診療記録の開示、並びにその例外という問題を、個人情報保護の問題として扱うのが正しいのかどうかというところにちょっと疑問があります。」
大道久委員(日本大学医学部教授)「個人情報保護法の基本的な立法趣旨と、病気とか人の生き死ににかかわる一連の医療的な活動や病気を負った者の様々な情報等を、いきなり個人情報保護の法律の体系の中に組み込むことは、個人的には私は無理があると思っているのです。」
神作裕之委員(東京大学大学院法学政治学研究科教授)「開示、それから訂正請求権については一般の個人情報保護法の考え方が医療情報にどこまで妥当して、どこから妥当しないのか。それから、妥当しないとしたら、それをガイドラインのレベルで変えてしまっていいのかどうか。もっと具体的に言えば、特別な法律まで作らなくてもガイドラインを作るだけで済む問題なのかどうかというのは、検討をしなければならない重要な局面ではないかと思います。」
樋口範雄座長(東京大学大学院法学政治学研究科教授)「(前略)例えば私が病院に入っていて、昨日までは生きていたから代理人であれ何であれ個人情報の開示もあり、保護の体制もあったけれども、今日は亡くなったので、もうないというのもどうかという感じではありますね。(中略)ガイドラインのところでは逃げられないという言い方がいいかどうかは分からないのですが、そのような印象は持っています。」

 しかし、現在に至るまで医療分野について個別法の制定がなされることはなく、個人情報保護法ガイドライン及び診療情報提供ガイドラインという行政上の指針により対応することとされている。そこで、以下に上記各ガイドラインの問題点につき検討する。

4 行政上のガイドラインによる対応では不十分であること

(1)診療情報提供ガイドラインの不十分性

[1]医療従事者等に対する法的拘束力がないこと

 診療情報提供ガイドラインは、厚生労働省医政局長の各都道府県知事に対する通達であることから、医療従事者等に対する法的拘束力がない。各都道府県知事がなしうることは、「管内の医療従事者に対して周知の徹底及び遵守の要請」をすること、つまりあくまでも医療従事者等に対する行政指導にとどまる。
 したがって、仮に医療従事者等が診療情報提供ガイドラインに従った措置を行わなかったとしても、ガイドライン違反を理由として強制的に是正させることはできない。

[2]指針の目的・位置づけの文言から医療事故の場合を開示対象外と解釈しうるこ  と

 診療情報提供ガイドライン1項(本指針の目的・位置づけ)は、「インフォームド・コンセントの理念や個人情報保護の考え方を踏まえ」「医療従事者等が診療情報を積極的に提供することにより、患者等が疾病と診療内容を十分理解し、医療従事者と患者等が共同して疾病を克服するなど、医療従事者等と患者とのより良い信頼関係を構築することを目的」としている。このため、上記1(1)で指摘したとおり、医療事故の発生時は、上記の開示目的に該当しないので、不開示とするとの解釈の余地を残している。下記(2)[3]のとおり、診療情報提供ガイドライン公表前ではあるが、「医療事故の発生時は開示の対象外である」との理由による開示拒否事例が発生しており、同ガイドライン公表後も、当該医療機関が対応を改めている可能性は低いと考えられる。

[3]「閲覧」で足りるとしていること

 診療情報提供ガイドライン2項(定義)は、「診療記録の開示」とは、「患者等の求めに応じ、診療記録を閲覧に供すること又は診療記録の写しを交付することをいう。」としている。この定義から明らかなとおり、診療記録の写しの交付には応じず、閲覧のみ許すという対応を医療従事者等がとったとしても、診療情報提供ガイドラインにしたがった診療記録の開示を行ったことになる。
 しかし、上記Ⅰ3で述べたとおり、特に医療事故発生時においては、診療記録の「閲覧」は「開示」の名に値しない。必要に応じて翻訳を付した上で、診療記録等の写しの交付を受けて初めて、診療記録等が開示されたと言える。
 下記(2)[4]のとおり、診療情報提供ガイドライン公表後も、閲覧は認めるが謄写は認めない、謄写を認めるとしても一部の謄写しか認めないなどの開示拒否事例が相次いでいる。

[4]診療記録の開示請求権者の範囲が不明確であること

 診療情報提供ガイドライン7項(2)(診療記録の開示を求め得る者)は、診療記録等の開示を請求できる者として、「[2]診療契約に関する代理権が付与されている任意代理人」「[3]患者本人から代理権を与えられた親族及びこれに準ずる者」を掲げている。しかし、その範囲は不明確であり、特に「任意代理人」の中に患者等から依頼を受けた弁護士が含まれるか否かは明らかではない。
 特に医療事故発生の場合、患者等の中には、弁護士に診療記録等の入手及び検討を依頼する者もいるが、下記(2)[5]のとおり、診療情報提供ガイドライン公表後、患者等から依頼を受けた弁護士からの開示請求を拒否する事例が発生している。

[5]日時・場所・方法等の指定により実質的に開示拒否の対応をなしうること

 診療情報提供ガイドライン7項(3)(診療記録の開示に関する手続)[3]は、「医療機関の管理者は、診療記録の開示を認める場合には、日常診療への影響を考慮して、日時、場所、方法等を指定することができる。」としている。
 このため、医療機関に来院した場合に限って開示を認めるという指定を行うことによって、遠方に居住する患者等が実質的に診療記録等の開示を受けられないなど、医療機関の指定の方法如何によって、開示制度が骨抜きにされてしまう危険性がある。現に、下記(2)[6]のとおり、診療情報提供ガイドライン公表後においても、患者本人が遠方に居住していて来院できない事情があるにもかかわらず、一切郵送による開示を認めなかった事例が発生している。

[6]高額な費用負担を定めることによって実質的に開示拒否の対応をなしうること

 診療情報提供ガイドライン7項(4)(診療記録の開示に要する費用)は、「医療機関の管理者は、申立人から、診療記録の開示に要する費用を徴収することができる。」としている。このため、医療機関が高額な費用負担を定めることによって、患者等による診療記録等の開示を断念または躊躇させる結果を生じうる。
 特に医療事故発生の場合、生命・健康被害を受けた患者側に、診療記録等の開示のために高額の費用負担を強いることは、患者等の迅速な被害救済の観点からも、医療従事者等の情報開示・説明責任の観点からも妥当でないことは明らかである。

[7]不開示事由の範囲を広く解することによって開示拒否の対応をなしうること

 診療情報提供ガイドライン8項は、診療情報の全部または一部の提供を拒み得る場合として、[1]診療情報の提供が、第三者の利益を害するおそれがあるとき、[2]診療情報の提供が、患者本人の心身の状況を著しく損なうおそれがあるときを掲げている。医療事故発生の場合、患者等に対する診療情報の開示が[1]または[2]に該当するおそれがあると医療従事者等が判断すれば、開示拒否の対応をなしうることとなる。現に下記(2)[7]のとおり、「医療関係者の権利・利益を損なう恐れ」のある場合は不開示とする旨の院内ガイドラインを定める医療機関も実在している。

[8]不開示に対する不服申立ての手続が不明確であること

 医療機関が、何らかの理由によって患者等に対する診療情報等の開示を拒んだ場合、診療情報提供ガイドライン8項は、文書による理由の説明と、苦情処理の体制についての説明を行うものとしている。また、診療情報提供ガイドライン11項は、診療情報の提供に関する苦情処理について、適切かつ迅速な処理に努めるべきこと、都道府県等が設置する医療安全支援センターなどの相談窓口の活用とともに院内の苦情処理体制の整備に努めるべきことを定めている。
 本来であれば、医療機関の一方的な判断によって、患者等が診療記録等の不開示という不利益を被る以上、不開示に対する不服申立ての権利が患者等に認められるべきであり、医療機関の内部において、不開示の当否を適正に審査しうる機関の整備や不服申立ての審査手続が具体的に定められる必要がある。
 しかし、診療情報提供ガイドライン11項の文言からすれば、求められているのは「不服申立ての手続」ではなく、「苦情処理体制」であり、しかもその具体的な内容については何ら言及がないから、開示請求事務を担当する部署において患者の苦情を拝聴しつつ、不開示の理由を繰り返し説明するだけの処理に終わる可能性が高い。
 現に、下記(2)のような不開示の対応に対し、患者等自らあるいは同人らから委任を受けた弁護士が医療機関に不開示の対応を見直すよう申し入れても、ほとんどの例で不開示の対応が見直されることはなく、患者等は証拠保全等の他の手続をとらざるを得ない状況となっている。

(2)診療情報提供ガイドライン公表前後を通じて開示拒否事例が相次いでいること

 医療問題弁護団の団員が、これまでに代理人として関与した医療事故等に関する事案において(事故発生医療機関のみでなく、前医後医として診療に携わった医療機関を含む)、診療記録等の開示請求を行ったが拒否された事例(手続等を厳格にすることによって実質的な開示拒否の対応を行った事例を含む)に関する情報、その他診療記録等の開示に関する問題点に関する指摘等の情報(以下「開示拒否事例等」という)を収集整理したところ、別表「カルテ開示拒否事例等一覧表」のとおり23件の開示拒否事例等が経験されている。
 同表によれば、診療情報提供ガイドラインが公表された2003(平成15)年9月12日以前はもちろんのこと、公表後も、開示拒否事例が相次いでいることがわかる。
 いずれも、地方公共団体の開設する病院、国家公務員共済組合連合会が開設する病院、国立病院(当時)、国立大学病院(当時)、私立大学病院など、医療の安全性確保や、医療事故発生時における情報開示及び説明について高度の責務を有する医療機関であって、本来であれば、率先して診療記録等の開示を行うべき医療機関における開示拒否事例等である。
 このことは、診療情報提供ガイドラインによる診療記録等の開示制度、あるいは各医療機関の自主的なガイドラインや地方公共団体の条例等による診療記録等の開示制度が、いかに実効性の乏しいものであるかを明らかにするものである。

[1]診療記録等の開示制度が未整備であること自体を理由とする開示拒否

 診療情報提供ガイドライン12項(診療情報の提供に関する規程の整備)は、「医療機関の管理者は、診療記録の開示手続等を定めた診療情報の提供に関する規程を整備し」なければならないと定めている。ところが、下記のとおり、診療情報提供ガイドライン公表後も何ら診療記録等の開示手続等に関する規程を整備せず、しかも規程が未整備であることを理由として、診療記録等の開示を拒否する事例が相次いでいる(以下、具体例の末尾記載の数字は、別表「カルテ開示拒否事例等一覧表の数字に対応する)。

     記

●J市立病院の事例[2004(平成16)年2月]<15>
 患者の遺族から依頼を受けた弁護士が、診療情報提供ガイドラインの存在を指摘した上で、診療記録等の開示を請求したところ、「独自の開示制度がなく、このような開示制度をつくるには時間を要するため、現時点では開示は不可能である。証拠保全等の手続をとられたい。」という趣旨の開示拒否回答が文書でなされた。このため、患者の遺族は、証拠保全手続をとることを余儀なくされた。

●L市立病院の事例[2004(平成16)年3月~4月]<18>
 患者の法定代理人親権者からの開示請求が拒否されたため、代理人弁護士より開示の交渉を行ったが、「カルテ開示のガイドラインがなく、個人情報保護条例によってカルテ開示しない取扱になっている。」との対応であった。患者側は、弁護士法23条の2による照会請求の手続をとることを余儀なくされた。

[2]開示不開示の判断を個々の主治医に委ねている事例

 開示不開示の判断を個々の主治医に委ねているため、主治医の判断一つで開 示拒否がなされる結果となる医療機関が存在する。

     記

●I私立大学病院の事例[2004(平成16)年2月]<14> 
 患者の法定代理人親権者から依頼を受けた弁護士が、後医である医療機関の主治医に面談した際、診療記録等の開示につき要請したところ、主治医より「場合によっては開示請求に応じる余地がある」との回答をされた。

[3]医療事故の事案であることを理由とする開示拒否

 診療情報提供ガイドライン公表前の事例であるが、医療事故の場合は開示制度の対象外であることを理由として、開示拒否がなされている。上記(1)[2]のとおり、診療情報提供ガイドラインの目的・位置づけは、「医療従事者等と患者とのより良い信頼関係を構築すること」にあるとされており、医療事故の事案は開示制度の対象外とする解釈もありうることから、診療情報提供ガイドライン公表後も、同様の理由による開示拒否はなくならないと考えられる。

     記

●C私立大学病院の事例[2003(平成15)年4月]<8>
 代理人弁護士が弁護士法23条の2による照会請求を行ったところ、「診療記録等の開示は病院と患者の信頼関係確保を目的とするので、医療過誤事件の証拠として提出することは認めない」との趣旨の回答がなされた。

[4]写しの交付拒否または一部の写しの交付しか認めない事例 

 上記(1)[3]のとおり、診療情報提供ガイドライン2項は、診療記録の開示方法は「閲覧」で足りるとしていることから、下記のとおり、写しの交付拒否等の事例が発生している。

     記

●国家公務員共済組合連合会開設の病院[2004(平成16)年3月初旬]<16>
 患者本人から開示請求をしたところ、弁護士を通じて請求するよう求められた。そこで、代理人弁護士より改めて開示請求をしたところ、医師が承諾した部分のみ開示するとの対応であった。開示までの期間も約2か月半後と遅く、しかも、何度も弁護士から督促をしてようやく開示された。

●M私立大学病院の事例[2004(平成16)年3月]<19>
 患者本人からの問い合わせに対し、患者本人による閲覧のみが可能であり、代理人による閲覧は認めず、写しの交付もできないとの回答がなされた。患者は証拠保全手続をとることを余儀なくされた。

●O国立大学病院の事例[2004(平成16)年8月]<22>
 2000(平成12)年以前の診療記録等については、一律不開示との対応をされた。

[5]遺族または代理人弁護士に対する開示拒否

 診療情報提供ガイドライン9項(遺族に対する診療情報の提供)は、患者が死亡した際には、遺族に対しても診療記録の開示をするよう定めているが、診療情報提供ガイドライン公表後も、遺族に対する開示拒否がなされている。また、上記(1)[4]のとおり、診療情報提供ガイドライン7項(2)は開示請求権者の範囲に代理人弁護士が含まれるかどうか不明確であるところ、代理人による開示請求は認めないとの対応もなされている。

     記

●P私立大学病院[2004(平成16)年]<23>
 患者の遺族からの開示請求に対し、「遺族には開示しない決まりになっている」として開示を拒否した。患者の遺族は証拠保全手続をとることを余儀なくされた。
●M私立大学病院の事例[2004(平成16)年3月]<19>
 上記[4]記載のとおり、患者本人からの問いあわせに対し、本人による閲覧のみが可能  であり代理人による閲覧は認められないとの対応をされた。

[6]開示の方法等を厳格に指定することによる実質的な開示拒否

 上記(1)[5]のとおり、診療情報提供ガイドライン7項(3)に依拠して医療機関が開示方法等を厳格に指定することによって、実質的に開示拒否の対応をすることが可能となっており、下記のとおり、診療情報提供ガイドライン公表前後を通じて、開示方法の厳格化により実質的な開示拒否をされた事例が存在する。

     記

●G国立医療センターの事例[2003(平成15)年6月~7月]<12>

 患者の法定代理人親権者が郵送による開示を求めたところ、郵送による開示に強く抵抗された。同人が交渉を重ねた結果、住民票や誓約書等を提出して、ようやく郵送による開示を認めた。

●O国立大学病院の事例[2004(平成16)年8月]<22> 
 患者本人が遠方に居住していること等から郵送による開示を求めたところ、拒否された。代理人弁護士が患者本人からの委任状及び印鑑証明書を添付して、弁護士法23条の2による照会請求を行ったが、患者本人以外の手に診療記録等を渡すことは危険であるとの理由で拒否された。

[7]高額な費用負担を求める事例等

 下記のとおり、診療情報提供ガイドライン公表前であるが、開示に要する手数料等を高額に定めている医療機関が存在している。上記(1)[6]のとおり、診療情報提供ガイドライン7項(4)は、開示に要する費用を医療機関側で定めることとしており、特に費用の上限等を設けていないため、診療情報提供ガイドライン公表後も、高額な開示費用を設定することによって、実質的に開示請求を断念もしくは躊躇させる事例はなくならないと考えられる。

     記

●B私立大学病院のガイドライン[2002(平成14)年]<6>
 開示手数料1万円、面談料1万2000円など、開示に伴い患者の負担する費用が高額に設定されている。なお、同病院では開示請求権者を2人までに制限するものとし、「訴訟目的」や「医療関係者の権利・利益を損なう恐れ」のある場合を不開示事由として掲げている。

(3)個人情報保護法ガイドラインの問題点

 2004(平成16)年6月に設置された「医療機関等における個人情報保護法のあり方に関する検討会」は、同年12月24日、個人情報保護法に定める義務等を医療・介護関係事業者が遵守していくに当たっての内容等を定めた個人情報保護法ガイドラインを公表したが、これについても、以下のとおり問題点がある(以下括弧内の数字等は同ガイドラインの目次に対応する)。

[1]小規模事業者による遵守には法的拘束力がないこと

 個人情報保護法上の義務を負担しない小規模事業者(識別される特定の個人の数の合計が過去6か月以内のいずれの日においても5000を超えない事業者)である医療機関等についても、個人情報保護法ガイドラインを遵守する努力を求める(Ⅰ-3)とされるが、法的拘束力のないガイドラインがいかに実効性のないものであるかは、上記診療情報提供ガイドラインの例を見れば明らかである。

[2]患者死亡の場合は上記診療情報提供ガイドラインによる開示に委ねていること

 上記3(2)のとおり、個人情報保護法は、死者の情報を適用対象としていない。したがって、患者死亡の場合における遺族による患者の診療記録等の開示請求は、同法及び個人情報保護法ガイドラインの対象とならず、診療情報提供ガイドラインによる開示の取り扱いに委ねられるとされる(Ⅰ-8)。
 診療情報提供ガイドライン公表後も遺族に対する開示拒否の対応がなされていることは、上記(2)で指摘したとおりである。個人情報保護法及び同法ガイドラインの制定後も、医療事故発生時の遺族に対する診療記録等の開示は現状と何ら変わらないことになる。

[3]不開示事由が広く解釈されるおそれがあること

 個人情報保護法ガイドライン[III-7-(2)]は、患者本人からの求めに対し、診療情報等の全部または一部を不開示とすることができる場合として、診療情報提供ガイドラインと同様の定めをしている。したがって、不開示事由を広く解釈することによって、実質的な開示拒否の対応がなされるおそれがあることについては、診療情報提供ガイドラインと同様である。

[4]不開示に対する苦情処理体制が不十分であること

 個人情報保護法ガイドライン(IIIー10)は、不開示の対応をした場合の理由の説明と苦情対応について定めるが、それらの趣旨は診療情報提供ガイドライン8項、11項と同様であるから、上記(1)で指摘したことと同様の問題点がある。

[5]患者本人への開示手続が厳格化されることにより実質的な開示拒否の対応が  増えるおそれがあること

 個人情報保護法が施行されると、個人情報の漏泄への配慮が一層必要になるので、患者本人からの開示請求に対しても、本人確認や開示の方法など、これまで以上に厳格な対応をせざるを得なくなると述べる開示請求事務担当の医療従事者もいる。個人情報保護法の施行によって、今まで以上に患者等に対する診療記録等の開示手続が厳格化されることとなれば、実質的な開示拒否の事例が増えるおそれがある。

(4)立法による対応が必要であること

 「医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会」は、2004(平成16)年12月9日の検討会において、個人情報保護法、同法に基づくガイドライン(案)(同日の検討会時点においては「(案)」であった)及び診療情報提供ガイドライン等の適用により、「医療分野の個人情報については、他の分野に比べ手厚い保護のための格別の措置が講じられることになるから、現段階においては、個人情報保護法の全面施行に際し、これらの措置に加えて個別法がなければ十分な保護を図ることができないという状況には必ずしもない。」として、診療記録等の開示の法制化の必要性は現時点ではないと結論づけた。
 しかし、上記のとおり、現行法制度上、開示請求権の具体化は不十分であり、診療情報提供ガイドライン及び個人情報保護法に基づくガイドラインでも、開示請求権の保障は不十分であって、立法による対応が必要な状況である。
 新規の個別立法については様々な議論があるが、以下のとおり、現行法の枠内においても、医療法の授権を受けた医療法施行規則の改正によって対応することが可能であり、最も適切である。

III 医療法施行規則の改正によって対処すべきこと

1 医療法は医療を受ける個々の患者の権利の保障も趣旨とするものであること

(1)医療法の目的(1条)

 医療法1条は、「病院、診療所及び助産所の開設及び管理に関し必要な事項」及び「これらの施設の整備を推進するために必要な事項」を定めること等により、「医療を提供する体制の確保を図り」「もって国民の健康の保持に寄与することを目的とする。」と定めている。
 医療機関の開設・管理等に関する規制を通じて間接的に国民の健康を保護しようとする趣旨であり、この文言だけからは、医療機関と患者間の個々の診療契約を規制対象とするものではなく、また、医療事故発生時の患者・遺族の被害回復を直接の目的とした法でもないように見える。しかし、1992(平成4)年の医療法改正により下記(2)の理念が付加されることによって、現在では医療法の趣旨目的は拡大されており、医療に関する基本法というべき性格を有している。

(2)医療法の趣旨(医療提供の理念 1条の2)

 医療法1条の2は、医療提供の理念として、「患者の生命の尊重と個人の尊厳の保持」を旨として、「医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係」に基づき、「良質かつ適切な内容」で提供されるべきことを定めている。
 1条の2が新設されたことによって、医療法は、国民全体の健康の保持というだけでなく、医療を受ける個々の患者の権利の保障をも趣旨とする法律となったと言える。
 医療事故は、「患者の生命の尊重」が損なわれた重大な事態であり、「医療の担い手と医療を受ける者との信頼関係」の速やかな回復に向けた取り組みが必要となる場面である。また、「良質かつ適切な」対応は、医療事故発生時にも要求されるものである。とすれば、医療法は、医療事故発生時における患者の権利の保障をも趣旨として含む法律であると考えられる。

(3)医療提供にあたっての患者に対する説明(1条の4第2項)

 さらに、1997(平成9)年の医療法改正によって、「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。」とする条項(1条の4第2項)が追加された。同条項も、医療法が、医療を受ける個々の患者と医療機関との個別の診療契約関係における患者の権利の保障を趣旨として含む法律であることを明らかにするものである。

2 医療法の趣旨を達成するための国及び医療従事者等の責務が法定されていること

(1)国の責務(1条の3)

 国は、医療法1条の2の理念に基づき、国民に良質かつ適切な医療を提供する体制確保に努める義務を負担する。国は上記体制確保のため、医療法施行規則等により、医療機関及び医療従事者等に対する種々の規制を行う責務がある。立法府が診療記録等の開示の法制化に関して期待される役割を果たさず、司法による解決も困難であり、ガイドラインによる行政指導を通じた医療機関及び医療従事者等による自主的な取組みでは不十分な現状では、特に行政府の権限行使が期待される。

(2)医療の担い手の責務(1条の4)

 医療従事者等は、医療法1条の2の理念に基づき、国民に良質かつ適切な医療を行うよう努める義務を負担しており、医療法施行規則によってこの責務の範囲内の義務づけを行うことは医療法が容認しているものである。 

3 医療法による医療法施行規則への委任

(1)法律から命令への委任

 法治行政の原則より、行政権が定立する法である命令は、国会が定めた法律施行のため必要な付随的細目的規定である定め(執行命令)または法律の個別具体的な委任に基づき法律の内容を補充、具体化する定め(委任命令)に限られるとされる。法律から命令への委任の限界については諸説があるが、母法に「目的」と委任者の拠るべき主要な「基準」を定めることが必要であり、基準の適切性の判断は、・)委任された権限の範囲、・)詳細な基準を国会が法律に定めることがプラクティカルかどうか、纊)立法過程と行政過程のいずれが問題の解決に適しているか、褜)受任者の裁量の濫用に対する保護があるかどうか、鍈)委任事項に罰則が含まれているかどうか等の諸要素を考慮して行う(芦部信喜・別冊ジュリスト61号101頁参照)ものと考えられる。
そこで、現行の医療法が命令である医療法施行規則の定めにどのような委任をなしているかが問題となる。

(2)医療法は医療安全対策の詳細につき医療法施行規則へ委任していること

 2001(平成13)年5月に厚生労働省に設置された「医療安全対策検討会議」は、2002(平成14)年4月17日、「医療安全推進総合対策~医療事故を未然に防止するために」(以下「医療安全対策報告書」という)を取りまとめた。そして、同報告書は、医療機関における安全対策は全ての医療機関において緊急に取り組まれるべき最も重要な課題であり、医療機関においては、管理者の指導の下で、医療安全のための組織的な管理業務が確実に行われるよう取り組むことが必要であると指摘した。
 上記報告書の指摘を受けて、厚生労働省は、医療法施行規則の一部改正によって、次々と医療安全対策に関する詳細な規定を定めている[平成14年8月30日厚生労働省令111号「医療法施行規則の一部を改正する省令」(以下「2002年8月改正省令」という)、平成16年9月21日厚生労働省令133号「医療法施行規則等の一部を改正する省令」(以下「2004年9月改正省令」という)]。
これは、医療法が医療法施行規則に対して、医療安全対策に関する詳細の定めにつき委任していること、言い換えれば、医療法施行規則によって医療安全対策に関する定めを設けることは医療法の授権の範囲内であることを意味する。
具体的な委任の根拠規定について見ると、2002年8月改正省令は、医療法12条の3(特定機能病院の開設者の厚生労働大臣への報告書の提出義務)、 16条の3(特定機能病院の業務)、17条(病院、診療所または助産所の管理者の義務の省令への委任)及び22条の2(特定機能病院の人員・施設の基準)に基づき、並びに同法を実施するために定められたものである。
 また、2004年9月改正省令は、医療法12条の3、16条の3第7号、 17条及び22条の2の規定に基づき、並びに同法を実施するために定められたものである。
現在、医療安全対策に関して、上記医療法からの委任に基づき医療法施行規則の一部改正がなされた事項を整理すると、別表「医療法から医療法施行規則への委任(安全対策関連)」のとおりである。医療機関の規模または開設主体を問わず、医療に係る安全管理体制を確保すべきこと、各医療機関の規模や役割等に応じた医療安全管理体制の具体的な基準などが詳細に規定されている。また、特定機能病院、独立行政法人国立病院機構の開設する病院、学校教育法に基づく大学の附属施設である病院などについては、医療事故発生時の事故等報告書を事故発生時から2週間以内に作成の上、事故等分析事業を行う登録分析機関に提出すべき義務が定められている(医療法施行規則9条の23、11条の2、12条)。
 このように、医療事故発生時における医療機関の対応の詳細については、開設主体を問わず、包括的に医療法及びその授権を受けた医療法施行規則の改正によって規制されていることが明らかである。

4 医療安全対策の中には医療事故発生時の患者への説明が含まれていること

(1)医療安全対策検討会議報告書の趣旨

[1]医療事故発生時の患者への十分な説明と情報提供が必要であるとの指摘

 医療安全対策報告書は、下記の趣旨の指摘を行っており、「患者の視点にたった医療の実現」が課題であること、「期待通りの結果が得られなかった場合」に「その原因や状況等について十分説明を受けること」が患者の希望であり、「患者の要望を真摯に受け止め、必要な情報を十分提供すること」など「情報の共有」が「医療安全対策の一つの鍵」であり、「医師と患者の信頼関係の醸成につながる」と明確に述べている。

     記

●はじめに
 医療事故が相次いでおり、医療安全の確保は医療政策における最重要課題の一つである。
 検討会議は平成13年5月、医療安全対策の目指すべき方向性を示すため設置された。
 患者の安全を最優先に考え、その実現をめざす「安全文化」が醸成され、医療が安全に提供され、国民から信頼される医療が実現されることを切に願う。

●第1章1-1(2)医療における信頼の確保
・「医療を受ける主体は患者本人であり、患者が求める医療を提供していく」との患者の視点に立った医療の実現が課題となっていることを認識すべきである。
・患者は、万一期待通りの結果が得られなかった場合においても、その原因や状況等について十分説明を受けることを希望している。
・患者の要望を真摯に受け止め、必要な情報を十分提供すること等により患者が医療に参加できる環境を作り上げていくことが必要である。
・患者が医療に参加できる環境を作り上げていくことは、情報の共有が医療安全対策の一つの鍵であること、ひいては医師と患者の信頼関係の醸成につながること、などからも重要になってきていることは強調されてしかるべきである。
 医療事故が発生した場合は、患者にとって「期待通りの結果が得られなかった場合」であり、事故原因や状況について、必要な情報を十分に提供されつつ十分な説明を受けることが、「患者の視点に立った医療の実現」にとって必要であるとの趣旨が、医療安全対策報告書において指摘されている。
 つまり、同報告書は、医療事故発生時において、医療機関から患者等に対して診療記録等を開示するとともに事実関係や事故原因等について十分に説明すべきことが必要であるとの趣旨を明らかにしたものである。

[2]国及び医療従事者等の責務

 また、医療安全対策報告書は、国及び医療従事者等の責務として、以下の指摘を行っている。

     記

●第1章1-3(1)国の責務
・医療安全の確保は、医療政策における最も優先度の高い課題であり、このための環境を整備することが国の責務である。国民や社会の期待、医療安全の実態を常に把握し、医療安全に関する知見や諸外国における動向等について調査し、医療安全対策の基本的指針や基準、必要な社会的規制の策定、(略)等必要な施策の立案と評価を行うとともに、適宜必要な見直しを行っていかなければならない。

●第1章1-3(2)関係者の役割と責務
(1)医療機関は、医療の安全と信頼を高めていく責務がある。管理者の強い指導力の下、適正な組織管理と体制整備を行い、組織を上げて安全対策に取り組んでいくことが必要である。(略)患者の権利を擁護するための体制を院内に整備しなければならない。
(5)患者は、医療を受ける主体であり、医療安全を考えるに当たっても、患者の立場が最優先で考えられるべきことはいうまでもない。医療機関は、患者に対する情報提供や話し合いを十分行い、その上で患者は自ら治療方法等を選択して、医療に主体的に参加していくことが必要である。

上記[1]のとおり、医療安全対策報告書は、医療安全対策の一環として、医療事故発生時における医療機関から患者に対する十分な情報提供及び説明の必要性を指摘している。そして、上記のとおり、国は、医療安全対策に必要な社会的規制を策定する責務があり、上記3で述べたとおり、医療事故発生時における医療機関の義務については、既に医療法施行規則の一部改正による詳細な定めがされている。患者に対する説明の部分のみを医療法施行規則の対象から外すべき合理的な理由はない。
 したがって、国は、医療法の授権に基づく医療法施行規則の改正によって、医療事故発生時の診療記録等の開示に関する定めを行う責務があり、医療従事者等はこれを遵守する責務がある。

(2)2002(平成14)年8月30日付厚生労働省通知の趣旨

 2002(平成14)年8月30日厚生労働省医政局長発各都道府県知事宛通知「医療法施行規則の一部を改正する省令の一部の施行について」は、2002年8月改正省令が、病院及び病床を有する診療所に係る部分について同年10月1日から施行されることに伴い、2002年8月改正省令の趣旨、内容(同省令11条関係)につき発せられたものである。
 同通知は、医療機関における医療の安全確保が医療政策における最重要課題の一つであることにかんがみ、医療安全対策報告書の趣旨をふまえつつ、医療法施行規則の一部改正によって対応すべき医療機関における安全確保のための体制整備等を行う趣旨で定められたことを明らかにしている(同通知「第1 改正の趣旨」参照)。
 そして、同通知は「新省令11条第1号の『医療に係る安全管理のための指針』は、次に掲げる事項を文書化したもの(略)オ 医療事故等発生時の対応に関する基本方針 カ 患者等に対する当該指針の閲覧に関する基本方針」であるとしている。
 また、同通知は、「新省令11条第2号の『医療に係る安全管理のための委員会』(略)とは、医療機関内の安全管理の体制の確保及び推進のために設けるものであり、次に掲げる基準を満たす必要があること。(略)イ 重要な検討内容について、患者への対応状況を含め管理者へ報告すること。ウ 重大な問題が発生した場合は、速やかに発生の原因を分析し、改善策の立案及び実施並びに職員への周知を図ること。」としている。
 さらに、同通知は、「新省令第11条第4号に掲げる『医療機関における事故報告等の医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策』は、医療機関内で発生した事故の安全管理委員会への報告等、あらかじめ定められた手順や事例収集の範囲等に関する規程に従い事例を収集、分析することにより医療機関における問題点を把握して、医療機関の組織としての改善策の企画立案やその実施状況を評価するものであること。また、重大な事故の発生時には、速やかに管理者へ報告すること等を含むものであること、なお、事故の場合にあっての報告は診療録や看護記録等に基づき作成すること。」としている。
 なお、同通知は、「病床を有しない診療所についても、安全管理体制の整備が促進されるよう本通知の趣旨等について周知に努められたい。」(第3 その他)としている。
 以上のように、同通知は、2002年8月改正省令の趣旨及び内容について、医療事故発生時の患者への対応に関する基本方針が含まれること、事故報告は診療記録等の客観的記録に基づき作成されるべきこと等を含め、安全管理体制の中で考慮すべきことを明らかにしたものである。言い換えれば、同通知は、医療事故発生時の患者に対する説明等についても、医療法施行規則において規制する趣旨を明らかにしたものである。

(3)2002(平成14)年10月7日付厚生労働省通知の趣旨

 2002(平成14)年10月7日厚生労働省医政局長発各都道府県知事宛通知「医療法施行規則の一部を改正する省令の一部の施行について」は、2002年8月改正省令のうち、特定機能病院について上乗せして整備すべき安全管理体制に関する規定(同省令9条の23第1号ないし第3号、9条の2の2及び22条の3第3項)が2003(平成15)年4月1日から施行されることに伴い、その趣旨及び内容につき発せられたものである。
 同通知は、2002年8月改正省令9条の23第2号に規定する「医療に係る安全管理を行う部門」の業務について、「(2)事故等に関する診療録や看護記録等への記載が正確かつ十分になされていることの確認を行うとともに、必要な指導を行うこと。」「(3)患者や家族への説明など事故発生時の対応状況について確認を行うとともに、必要な指導を行うこと。」「(4)事故等の原因究明が適切に実施されていることを確認するとともに、必要な指導を行うこと。」が含まれるとしている。
 同通知も、医療事故発生時の患者等に対する説明等について、医療法施行規則において規制する趣旨を明らかにしたものである。  

5 結論

 医療法は、個々の患者の権利の保障をも趣旨としつつ、医療安全対策に関する定めを医療法施行規則に委任しており、医療安全対策の中には、医療事故発生時の患者等への説明も含まれている。現にその趣旨を明らかにした医療法施行規則の定めも見られる。したがって、医療法施行規則内に医療事故発生時の診療記録等の必要的開示及びこれに基づく説明を管理者に義務づける規定を設けることは医療法の授権の範囲内である。
 医療事故発生時における診療記録等の開示と説明を義務づけることは、医療事故被害者の速やかな被害救済の一助となる。また、医療機関の情報開示と説明責任が果たされることによって、医療機関と医療事故被害者との信頼関係回復の端緒ともなり、一般的な医療に対する信頼性の確保にも資する。さらに、診療記録等を開示して患者等に対する説明を行うことは、事故原因の的確な分析の一助となり、ひいては適切な再発防止策の確立を通じて医療の安全性向上にも資するといえる。
 医療法に定められた国の責務に照らし、かつ新規の個別立法が進まない現状においては、国が積極的に行政立法(医療法施行規則)によって、医療事故発生時において、患者等からの求めの有無にかかわらず、患者等に対する診療記録等の必要的開示、並びに診療記録等に基づく事実関係及び事故原因等に関する説明を医療従事者等に義務づけることが必要である。

以上

別表:カルテ開示拒否事例等一覧表
別表:医療法から医療法施行規則への委任(安全対策関連)


      医療問題弁護団政策班

   鈴 木  利 廣 , 大 森  夏 織 

  ○宮 城    朗 , 五十嵐  裕 美

  ◎伊 藤  律 子 , 鄕 井  章 光

  ○中 島  ゆかり , 木 下  正一郎

   中 川  素 充 , 藤 田    裕


  * ○印は本意見書起案担当者
      ◎印は責任者
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