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繰り返される医療事故
―ジャクソンリース回路の再回収に思う―

弁護士 松 井 菜 採


繰り返される医療事故。たしかに、人は誰でも間違えます。しかし、繰り返される医療事故に鈍感になっているということは、ないでしょうか。

私は、以前、小児用ジャクソンリース回路と気管切開チューブの接続不具合事故で亡くなった赤ちゃんの遺族の代理人を務めました。*1
ジャクソンリース回路と気管切開チューブの接続不具合事故―それは、「繰り返される医療事故」の象徴のような事故です。


ジャクソンリース回路は、麻酔や人工呼吸などの人工換気を行うときに、麻酔ガスや酸素などの吸気(吸う空気)として患者の体内に取り込み、患者の呼気(吐く空気)を排出するために使用する医療機器です。
気管切開チューブ、気管チューブ、人工鼻など、他の医療器具(呼吸補助用具)に接続されて使用されます。

2001年3月、東京都内の病院で、生後3か月の赤ちゃんに装着した気管切開チューブに、ジャクソンリース回路を接続したときに、ジャクソンリース回路の内管(新鮮ガス供給用パイプ)が気管切開チューブの内径に密着してはまり込んで回路が閉塞し、呼気を排出することができなくなり、赤ちゃんは、死亡しました。
この事故は、当時、テレビや新聞でも、事故の起こる仕組みを図や映像で解説するなどして、比較的大きく報道されました。*2

2001年5月、厚生労働省は、この事故に関連して、医薬品・医療用具等安全性情報No.166を出しました。

当時、日本では、11社16種類のジャクソンリース回路、10社11種類の気管切開チューブが販売されていました。業界団体の調査により、この事故で使用されたジャクソンリース回路と気管切開チューブの組み合わせ以外にも、回路閉塞の恐れのある組み合わせが複数あることが確認されました。*3
事故の恐れのあるジャクソンリース回路を販売しているメーカーは、製品の自主回収を行いました。


実は、ジャクソンリース回路を他の医療用具と組み合わせて使用したときに、回路が閉塞する恐れについては、2001年より前から指摘されていました。

1983年、アメリカのFDA(食品医薬品局)は、「安全警告:呼吸システムコネクター」を出しました。*4
この安全警告は、内管(新鮮ガス供給用パイプ)のあるジャクソンリース回路を、他の医療用具に接続したときに、回路に閉塞が生じる危険があることについて、次のように注意していました。

  • いくつかの呼吸回路のアダプターには、新鮮ガス供給用パイプを取り入れており、この新鮮ガス供給パイプを気管チューブが接続される先端の近傍まで突出しています。
  • このようなアダプターを、「死腔の少ない」気管チューブのコネクターと接続すると、呼吸経路の部分的あるいは完全な閉塞が起こることがあります。
  • 不適合の部品を接続して使用することがないように、「死腔の少ない」気管切開チューブコネクターか、「死腔の少ない」新鮮ガス供給パイプを有するアダプターのいずれかを、病院から撤去することを考慮して下さい。

時を経て、日本でも、同じような接続不具合事故が起こっていました。
中には、医学雑誌で報告されている事故もあれば、厚生労働省に報告されている事故もありました。

事故年月 不具合報告、雑誌掲載など
1992年1月 大橋陽子ほか「Jackson-Rees回路使用時のカプノグラフィーの注意」 臨床麻酔16巻1号102頁
1997年5月 メーカーから厚労省へ不具合報告(98年9月)*5
高倉照彦ほか「呼気ガスモニタでの換気トラブル」日本手術医学会18巻臨時93頁(97年9月)
1997年5月
(2症例)
萬家俊博ほか「小児用人工鼻とジャクソンリース回路の組み合わせによる換気障害」日本臨床麻酔学会誌18巻9号729頁(97年11月)
1998年6月*6 * 栃木県内の病院で新生児の肺損傷事故
メーカーは日本新生児学会において使用上の注意を小児科及びNICU関係者に配布(98年7月12-14日、福岡)
メーカーから厚生省へ不具合報告(98年7月、9月)
1999年6月 * 兵庫県内の病院で生後6か月児の事故(1か月後死亡)
2000年8月*7 * 東京都内の病院で生後8か月児の死亡事故(2001年3月事故と同一病院での事故であり、2001年3月後に病院の調査により判明)

しかし、これらの警告・報告や過去の事故は、生かされることはなく、2001年3月の事故が起こったのです。


2001年の事故後、回路閉塞の恐れのあるジャクソンリース回路は自主回収され、同じような事故が再び起こることはないはずでした。
しかし、事故は、繰り返されました。

2008年10月、石川県内の病院で、生後数ヶ月の乳児に、ジャクソンリース回路と人工鼻を組み合わせて使用したところ、呼吸困難となり肺を損傷したという事故*8が報道されました 。*9
今回使用されたジャクソンリース回路は、2001年の事故とは異なるメーカーの製品でしたが、医薬品・医療用具等安全性情報No.166では、回路閉塞の恐れがあることを指摘されていました。
2001年の自主回収のときに、回収から漏れた製品により、事故は起こったのです。

2008年11月、厚生労働省は、ジャクソンリース回路の回収等に関する通知を出しました。改めて、メーカーによる自主回収の徹底と確認が行われることとなりました。
2009年2月、医薬品医療機器総合機構も、この事故に関連して、PMDA医療安全情報No.9を出しました。

2010年7月、厚生労働省は、2008年の事故で使用されたジャクソンリース回路のメーカーに対し、ジャクソンリース回路の回収を徹底しなかったとして、薬事法に基づき25日間の業務停止命令を出しました。

2001年の事故の教訓は生かされることなく、2008年に事故は繰り返されました。


なぜ、これほど事故を繰り返すのでしょうか。

業務停止命令を受けたメーカーは、2008年の事故後に行った再度の自主回収で、314施設から1119個も回収したとのことです。*10
事故の元凶は、メーカーの製品回収不徹底であったことは間違いないでしょう。
でも、本当にそれだけなのでしょうか。

ジャクソンリース回路をめぐる呼吸回路閉塞については、2001年の事故後、厚生労働省から医薬品・医療用具等安全性情報が出され、テレビや新聞でも報道されました。
ジャクソンリース回路を使用する部門にいる医療従事者であれば、誰でも一度は、2001年の事故情報に接しているはずです。

なぜ、この病院では、2008年まで、回路閉塞の恐れのあるジャクソンリース回路が院内に残っていて、医師が使用できる状態にあったのでしょうか。
回路閉塞の恐れのあるジャクソンリース回路を病院から撤去することを阻んだものは、何だったのでしょうか。
医薬品・医療用具等安全性情報を、院内で共有していなかったのでしょうか。
院内で情報共有できなかったのであれば、その原因はどこにあったのでしょうか。
自分の使用しているジャクソンリース回路が回路閉塞の恐れのある製品かどうかを調べようとする医療従事者は、いなかったのでしょうか。
院内を点検して、問題のある製品を院内から撤去しようと提案する医療従事者は、いなかったのでしょうか。
病院は、2008年の事故後、院内の事故調査委員会で、徹底的な原因究明を行っているでしょうか。
今後、同じ轍を踏まないために、病院は、どのような再発防止策を策定したのでしょうか。

さらに懸念されるのは、今回314施設から回収したことから推測すると、2001年の医薬品・医療用具等安全性情報に対応しなかった医療機関は、ほかにも多数あるのではないかということです。これらの医療機関は、2008年の事故から学び、再発防止に向けての対応を行う必要はないのでしょうか。

2008年の事故は、医療機器メーカーの自主回収に不備があったことを露呈しました。それのみならず、「事故を教訓とした医療安全」に対する感度が低い医療機関が少なからずあることも、さらけ出したのではないでしょうか。

「医療に安全文化を」にいたる道程は、まだ遠いのでしょうか。


*1
東京地裁平成15年3月20日判例タイムズ1133号97頁・判例時報1846号62頁、民間医局医療過誤判例集No.15
*2
朝日新聞2001年4月7日夕刊、同4月8日朝刊、同12月25日夕刊、毎日新聞2003年2月6日朝刊、テレビ朝日「スーパーJチャンネル」2001年5月9日放映、日本テレビ「きょうの出来事」2002年12月5日放映など
*3
医薬品・医療用具等安全性情報No.166表2参照
*4
September 2, 1983 FDA Safety Alert: Breathing System Connectors
*5
M社の医療用具不具合・感染症症例報告(平成10年9月1日付)
*6
N社の医療用具不具合・感染症症例報告(平成10年7月2日付、同年9月1日付)、毎日新聞2003年2月6日朝刊
*7
毎日新聞2003年2月6日朝刊
*8
平成21年3月24日付医療事故情報収集等事業第16回報告書96頁図表Ⅲ-2-7のNo.3の事故と思われる。
*9
日本経済新聞2008年11月20日朝刊、朝日新聞同日朝刊
*10
I社の東京都知事宛報告書(平成21年8月7日付)

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