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弁護士の声(団員リレーエッセイ)

医療過誤刑事事件の立件を巡って

弁護士 安 原 幸 彦

1 「一生懸命やった挙げ句に捕まったのではたまらない」

最近医療過誤事案が刑事事件として立件されたという報道に接することが珍しくなくなった。特に、東京女子医大・慈恵医大と続いた医師の逮捕が医療界に衝撃を与えた。そして最近の福島県立病院の帝王切開失血死のケースで、不満が爆発した。
曰く「一生懸命やった挙げ句に捕まったのではたまらない」「こんなことでは医者なんかやっていられない」。医療従事者に過重な負担が課せられている医療現場の惨憺たる現状を見れば、そう言いたくもなる気持ちは分からないではない。
しかし、この理屈は医者仲間以外では通らない。「一生懸命ですむんなら警察要らない」と言われるのが落ちだ。通らないどころか、この理屈は、特権意識を振りかざした恫喝としか映らないだろう。

2 医療の世界も聖域ではなくなった

福島県立病院のケースを報道で知る限り、確かに逮捕権を行使すべき事案であったかどうか疑問がある。しかし、実は、こうした警察の行きすぎは、医療の世界以外では既に珍しくなくなっている。弁護士なら、選挙違反・ビラ貼り・公務員の政治活動など政治絡み・社会運動絡みの事件だけでなく、交通事故や交通違反、痴漢冤罪事件など、誰でも巻き込まれる可能性がある事件の中で、「何でこんな事案で逮捕しなければならないんだ」と思わされることがしばしばある。身柄を拘束して、自白させて、一丁上がりという旧態依然たる捜査のあり方は、今なお重大な人権侵害を起こしている。
これまで刑事事件の聖域とされていた医療の世界に、警察が足を踏み入れたとき、こうした安易な逮捕・自白の強要という人権侵害が、当然のように医療の世界にも入ってきたのである。

3 感情的反発ではなく、冷静な批判を

医療過誤の相談を受けると、被害者から告訴できないか、と問われることは少なくない。私自身は、よほどのことがない限り、刑事告訴は勧めない。刑事事件の立件はよほどの条件が揃っていなければできないからだ。また、刑事告訴は、報復感情の発露という面が大きい。これには、そう簡単に乗るわけにはいかない。報復感情にとらわれている限り、被害からの解放はないからだ。
しかし、だからといって、医療過誤は、そもそも刑事事件の対象外であるとか、強制捜査の対象外であるなどというわけではない。処罰を受けるべき医療過誤事案は当然にあるし、そういう場合に刑事事件として捜査の対象になること自体を免れる道はない。
その時に、医療の世界に警察が足を踏み入れたことに感情的に反発し、それ自体を非難していたのでは、聖域論に戻るだけだ。それでは、社会的な支持や理解は得られない。そうではなく、安易な逮捕やその中で行われる自白の強要という人権侵害を明らかにし、批判していくことが大切だ。そうしてこそ、多くの国民の共感を呼び、医療現場に無用の混乱を起こす警察の行きすぎを抑制することになるだろう。

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